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■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2013年07月31日

おれたち語、わたしたち語:若者ことばについて考える

「もっと個性的な生き方したいと思ってるから、ことばだってもっと自分の自由に使いたい。今からみんなと同じ日本語やめて「おれ語」しゃべるわ。ポポ、ンポテコポ」などと言われたら、困ってしまう。そんな人とはコミュニケーションができない。

これが意味することは何か。それは、(日本語などの)言語は個人のものではなくて、みんなに共有されているものでなければならない、ということだ。伝えたい内容は何であれ、伝える道具である言語は、少なくとも、伝えたい人自身と伝えたい相手の間では相互に理解可能である必要がある。

これは、よく考えるとおもしろいことかもしれない。個人の体験は一人一人に特有のものである。そして、他の人とは違う「おれ」や「わたし」を認めてほしいという欲求がある。誰かに自分の体験談を話して、「あぁ、そんな話を別の人からも聞いたことがあるよ」などとと言われてしまったら、がっかりするものだ。それにもかかわらず、伝えるための道具は好き勝手な物を使っていいということにはならない。「みんなの道具」を借りなければ、話を理解してもらい共感してもらうことはできないのだ。

言語のそのような性質からいって、自分特有の(他の誰にも伝わらない)「おれ語」や「わたし語」というのは存在し得ないのだが、「おれたち語」や「わたしたち語」という形でならある程度は成り立つ。その一つが「若者ことば」である。

若者ことばを「ある特定の若者のコミュニティでしか通じないないことば(づかい)」だと捉えると、それは言語のみんなが共有しているという性質の一部を犠牲にして、そのコミュニティの個性や独自性を優先させたものだと言ってよいだろう。言語はだれかに何かを伝えるためにあるのだが、伝わらない相手をあえて作り出すことによって、「おれたち」「わたしたち」の結束力は高まるのである。そう考えるほうが、若者が無知なせいでことばが乱れていると言うよりも、若者ことばが生まれる理由が理解できるように思える。方言がなくならないのはなぜか、ウェブ特有のことばづかいが生まれるのはなぜか、という問いにも同じ答え方ができそうだ。

「みんな」の一部に還元されたくない、でも一人で孤立するのは嫌、「おれたち」や「わたしたち」という形でならつながりたい、そんな欲求があるなら、「おれたち語」「わたしたち語」としての若者ことばは生まれ続けるのだろう。
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2013年06月30日

英語の間接疑問とカンマ:間違いの背後にあるもの

先日、高校の授業で間接疑問を扱った。一般的に、疑問文が文の一部として取り込まれた場合、それは間接疑問と呼ばれる。たとえば、(1)は独立の疑問文だが、それを文の中に取り込むと(2)になる。

(1) Who is he?(彼は誰ですか)
(2) I don't know who he is.(私は彼が誰であるか知らない)

なお、whoやwhatなどの疑問詞を用いない疑問文を取り込む場合は、ifもしくはwhetherを用いる(ここでは、全部まとめて間接疑問として扱う)。

(3) He asked me if [whether] I was going back to Japan.(彼は私に日本へ帰るのかと尋ねた)

高校での間接疑問のポイントのひとつは、 独立の疑問文のときと異なり、平叙文と同じ語順になることだろう。というわけで、英作文の問題を出してみた。ちゃんとした語順で書けているか確認したかったが、やっぱりそのあたりの間違いが多かった。

あまり想定していなかったのは、途中にカンマ(, )を入れる生徒がいたことだ。(4)のような日本語を英語に直す場合、解答例として(5)の英文が挙げられるが、(6)のように書いてくる生徒がわりといた(もちろん、もっといろいろと間違えている生徒もいるが)。

(4) 今日郵便局が開いているかどうか教えていただけませんか。(問題)
(5) Could you tell me if the post office is open today?(解答例)
(6) Could you tell me, if the post office is open today?(誤答例)

英語では、この場合カンマは不要である。授業にはそのような例は出てこなかったはずだ。インプットの素材として与えるものが正しいものでも、いつの間にか思い込みや勘違いが入り込んでしまい、アウトプットの段階でおかしなことになっている、そしてそれに気づかないというのは、よくあることだ。講師になってからは特にそれを実感しているので、間違いが多そうなところは先回りして注意を促そうと思っているが(いつも先回りできるわけではないけど目標にはしている)、今回はそういう間違いの可能性に事前に気づけなかった。

もしかしたら、生徒は実際の会話を直接引用する場合(直接話法)と混同したのかもしれない。さきほどの(3)を直接話法で示すと(7)となり、カンマを必要とする。こういう混同があるなら、今度はそのあたりのことも説明しようかと思う。

(7) They asked me, "Are you going back to Japan?"

そして、個人的におもしろいなと思ったのは、実はドイツ語では(6)のような表現が正しいということだ。(4)の問題文をドイツ語にすると、(8)となる。

(8) Können Sie mir bitte sagen, ob die Post heute offen ist?

細かいところは置いておくとしても(können=can、sagen=tell、ob=if、heute=today、offen=openのような対応関係がある)、ドイツ語では、この場合カンマを用いるのがわかる。実際にこうやってカンマを使う言語もあるわけだから、生徒の間違いもそんなにおかしいものだとは言えなくなる。ドイツ語を母語とする人だったら、生徒と同じような英語の間違いをしているかもしれない。

生徒の英語の間違いは、一見すると、正確に覚えておらず、勘違いして勝手なことをしているだけのようにも思える。だが、その間違いは、(a) 似ている表現からの類推をしていたり、(b) 実際に言語としてはありえる(ただし英語にはない)ものを思いつくような、言語に関する鋭い直観を働かせた結果なのかもしれない。だとすれば、たとえ英語のテストでは間違いであったとしても、そこで使った発想は大事なものだと伝えたい。そういった発想でうまくいったりうまくいかなかったりという試行錯誤をすることで、そして、うまくいかなかったところは実際にはどう表現するのかをきちんと覚えることで、語学は上達するのだと思う。

関連記事:
大学の英語の授業について考える
the foreign minisiterという表現をみて、すぐに「外務大臣」だとわかるかどうか
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2013年06月15日

勉強と研究:今後やること

6月も半分終わりました。博士課程に進んでからもう2ケ月半です。ぼーっとしていたわけではないですが、やりたいことをちゃんと意識しておかないと、どんどん時間が過ぎ去っていくなあと思います。

ということで、今回は自分の頭の中を整理する意味も込めて、博士課程でやっていくことをメモするついでに、簡単に紹介しようと思います。以下では、知識や技能を身につけることを「勉強」、身につけたことをもとに自分なりに言語の分析をして、その成果を公開することを「研究」と呼ぶことにします。

(1) 勉強
a. 語学:英語、ドイツ語
b. 言語理論:認知言語学や機能主義言語学(認知・機能言語学)、生成文法など
c. コーパス言語学、自然言語処理
d. 言語類型論、対照研究
e. 認知科学、心理学

(2) 研究
a. 何をどのように分析するか考え、実践する
b. 学会で口頭発表をする
c. 論文を書いて投稿する

まず肝心なことは、(1a) しっかり英語の勉強をすること。他の大学院生の学会発表を聞いたり、いっしょに勉強することも多いし、業績の数という指標もあるので、研究能力についてはある程度他人と比較しやすでしょう。しかし、英語がどれくらいできるかは、あまり比較できる機会がないので、いつの間にか差がついているところだと思います。英語のことをよくわかっていないと、間違った分析をしていることに気づかない可能性も出てきますし、英語をちゃんと教えることができるかどうかにも直結しますし、もっと英語学習の時間を取らないとなあと思います。英語とドイツ語の比較もおもしろそうなので、ドイツ語の力もつけておきたいのですが、なかなか時間が取れず...

言語学の勉強については、理論的な側面 (1b) と、どちらかといえば技術的な側面 (1c) があります。実際には、コーパス(コンピュータで読み込むことができる形態のテクストの集積からなるデータベース)を使うかどうかを判断する時点で、特定の言語の見方が関わってくるので、(1c) も理論とは切り離せないのですが。また、コーパスを使うにしてもコーパス言語学と自然言語処理では、関心というか目標が違うので別の分野といえます。コーパス言語学もまだまだな上に、自然言語処理には疎いのですが、できるだけ幅広く研究のヒントを得られればと思います。

身近に英語以外の言語を研究している人もいることもあって、(1d) 言語類型論や対照研究には、以前よりも興味が増しています。英語の分析をするにしても、他言語の知識があると新しい糸口が見つかったりするものです。そして、自分の研究で直接参照しないとしても、(1e) 認知科学全般、心理学との接点を探ることは、自分自身が何を明らかにしようとしているのか、それはどのような意味があることなのかを把握する上でも重要だなと感じます。

研究をすると一口に言っても、(2a) 人知れずコツコツやる部分と (2b,c) それを公開する部分とがあります。どんな学会で何回ぐらい発表するかなどは人によるので、自分自身でペースを管理する必要があります。学会で口頭発表できるなら、研究内容はしっかりあるはずなので論文も書けるはずなのですが、口頭でサッと言えたことでもいざ文字にしようとするとうまく言葉が思いつかなかったりします。そんなときは、言葉の問題と言うよりは論理展開がスムーズでなかったり分析の詰めが甘かったりすることに気づいたり。論文はごまかしがきかないので、より真剣に自分の研究に向き合うことになります。

英語講師としての仕事もあるので、あんまり欲張ることもできず、どれにどれくらい時間を割くかというのが問題になります。大学の授業や大学院生同士の勉強会でカバーできない (1a) 語学の時間を確保しつつ、 (2) 研究(特に論文)を地道に進めるというのが、今の自分にとっては必要かなと思います。がんばろ。
タグ:日記 語学 研究
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2013年05月29日

英語の勉強量なんて、みんな同じようなもの?

先日、iPad miniを買いました。そのときの店員との会話が、いろいろと考えさせられるものだったので、ここに書いておこうかと思います(iPad miniそのものの話題ではないです)。

iPad miniをほしくなった理由のひとつが、電子媒体で英語の本や論文を読むことだったので、店頭で画面の見やすさを確認してみました。ためしに、Google ブックスで、言語学の本を読んでいたところ、店員が話しかけてきました。

「iPad miniに興味おありですか」「ええ、ちょっと実際に触ってみたくて」「操作しやすいですし、軽いし、おすすめですよ」みたいな感じで会話が進みました。

その後、店員がiPad miniの画面を見て一言。「あ、英語お読みになるんですか。私は全然読めないですねえ。私も大学出てるんで、たぶん同じくらい英語の勉強してると思うんですけどねえ」

なんというか、あなたも私も大学での英語の勉強量は同じくらいのはず、という言い方にちょっとびっくりしてしまいました。まあ、会話を続けるためにとりあえず言ってみただけかな、とは感じつつも、おいおい、同じじゃないだろうとちょっとツッコミを入れたくなりました。

自分としては、英語の勉強量が十分だとは思っていません。周りには英語がよくできる人が何人もいるので、その人たちに比べたらまだまだです。ただ、それでも、普通に大学生活を過ごした人よりは英語の勉強をしたつもりです。もちろん、店員からしたらそんなこと知る由(よし)もないですし、相手が高校の講師だとか英文法を専攻している大学院生だなんて思いもしないだろうから、別にいいかなとも思ったのですが、妙に引っかかるものがありました。家に帰ってからも気にしているうちに、次のような考えが浮かびました。

英語の運用能力が高い人は、それ相応の努力をしているなと思います(本人は趣味で楽しんでいて、努力とはあまり思っていないかもしれませんが)。ただ、大学以降は、勉強しているかどうかの差が、わかりにくいと言えばわかりにくい。高校生のときのように、期末試験や大学入試という結果の比較が容易な試験があるわけではないので。なので、身近に英語がよくできる人がいないと、勉強量の比較をする機会がないために、人によって英語の勉強量が全然違うという実感があまりないのかもしれません。今日の店員は、そんな人の一人では。そして、もしかしたら、そういう人の中には、英語ができないのを教育のせいにしすぎる人がいたりするのでは。現状の英語教育にも改善点はあると思いますし、家電量販店の店員との会話から飛躍しすぎのような気もしますが(笑)、本当に英語ができる人が、その力を維持、向上させるためにどれだけのことをしているのか、案外考えないものかもしれないなと思いました。

関連記事:
忘れる ― 外国語を学ぶコツ
「魂の満足」としての語学
語学の上達のために必要なことを考える
英語学習の「5分+54年」を目指す
posted by ダイスケ at 03:28| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

認知言語学キーワード紹介(3):メタファーと経験基盤主義

「メタファー」(metaphor)というと、あくまで修辞上の問題であって、普段ことばを使う上では関わりのないものだという印象を与えるかもしれない。しかし、認知言語学は、メタファーは日常の言語活動に広く行き渡っていると考える。(1)に挙げた例文もメタファーの一種であるとすれば、そのことが認められるだろう。

(1)
a. I’m feeling up.(気分は上々だ)
b. Thinking about her always gives me a lift.(彼女のことを考えると、いつも気持ちが高ぶる)
c. I’m feeling down.(落ち込んでいる)
d. My spirits sank.(気分が沈んだ)

これらの例から、英語では感情を「上下」という位置関係を通して理解していることがわかる。頭の中でHAPPY IS UP(うれしいことは上);SAD IS DOWN(悲しいことは下)と捉えていることによって、つまり、概念のレベルでのメタファーが存在することによって、「上下」にまつわる語彙が体系的に感情の表現として使用されるのである。このような表現は、メタファー的であることに気づかないほど一般的に定着していると言えるだろう。そして、(1)のような言語表現を観察することによって、私たちの思考体系がいかにメタファー的であるかがわかるのである。

基本的なメタファーは、人間の身体的な経験を基盤にもつと考えられている。私たちは、うれしいときには、顔を上げ、飛び上がったりするなど姿勢が上向きになる。それに対して、悲しいときには、顔は下を向き、地面に座り込んだり、うなだれた姿勢になる。HAPPY IS UP;SAD IS DOWNという捉え方には、このような人間の自然な身体反応が関わっていると言ってよいだろう。

(1)に添えた日本語の表現からもわかるように、HAPPY IS UP;SAD IS DOWNという概念レベルでのメタファーは日英語で共通して用いられているようだ。一方、(2)のような表現は、日本語だとなかなか直接対応するものがない。

(2)
a. The discussion fell to the emotional level, but I raised it back up to the rational plane. (議論は感情的なレベルに落ちてしまったが、理性的なところまで引き上げて戻した。)
b. He couldn’t rise above his emotions.(彼は感情から上に上がれなかった=理性的になれなかった。)

これはRATIONAL IS UP(理性的なことは上); EMOTION IS DOWN(感情的なことは下)の例であるが、このような概念メタファーが存在するかどうかは文化的な経験に依存している。そのため、メタファーによる捉え方を調べることは、文化理解の上でも重要である。

以上のメタファーの例で見てきたように、言語は身体的・心理的経験はもちろん、文化的・社会的経験を基盤にして成り立っていると考えられる。このような人間の日常生活における経験をもとに言語現象を解明していこうとする立場を「経験基盤主義」(experientialism)というが、これは認知言語学の大きな特徴となっている。


メタファーをはじめとした認知言語学の基本的なトピックを知るには、谷口一美著『学びのエクササイズ 認知言語学』がちょうどよいでしょう。入門書なので扱うトピックは限られていて、詳しい情報を得ることはできませんが、その分認知言語学の姿勢を簡潔に伝えることができているように思います。なお、(1)の例は本書の75ページに登場します。
学びのエクササイズ 認知言語学 [単行本] / 谷口 一美 (著); ひつじ書房 (刊)
学びのエクササイズ 認知言語学
谷口 一美
ひつじ書房


また、George LakoffとMark Johnsonによって書かれたMetaphors We Live Byは、それまで文学や修辞学で扱われてきたメタファーに新たな光を投げかけた本であり、認知言語学の出発点としても重要です。さきほどの(1)と(2)は、もともとこの本で紹介された例文です。英語が読みやすく、言語学の知識がなくても読んでいけると思います。
Metaphors We Live by [ペーパーバック] / George Lakoff (著); Univ of Chicago Pr (T) (刊)
Metaphors We Live by [ペーパーバック]
George Lakoff
Mark Johnson
University of Chicago Press


なお、Metaphors We Live Byの最初の数章の要約もこのブログに載せています。興味のある方は、こちらもご覧ください。
Metaphors We Live Byまとめ

関連記事:
認知言語学キーワード紹介(1):捉え方
認知言語学キーワード紹介(2):カテゴリーとプロトタイプ
認知言語学キーワード紹介(4):ゲシュタルトと構文
Metaphors We Live By 第1章
Metaphors We Live By 第2章
Metaphors We Live By 第3章
Metaphors We Live By 第4章
Metaphors We Live By 第6
Metaphors We Live By 第8章
Metaphors We Live By 第9章
Metaphors We Live By 第11章
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2013年04月24日

ブログのアクセス数が上がっているのは新年度だから?

4月になってから、ブログのアクセス数が上がっています。特別訪問者が増えるような記事を書き始めたわけではないのになぜかなあと思っていたのですが、どうも新しく検索してたどりつく方が増えているみたいです。検索されるキーワードは「metaphors we live by 和訳」「教職課程 履修 やめる」「教育実習 高校 英語」あたりで、新年度らしいといえば新年度らしいなあと思いました。

「metaphors we live by 和訳」というキーワードに関しては、おそらく大学の英語の授業でMetaphors We Live Byという本が教科書に指定されているのでしょう。Metaphors We Live Byは、メタファーについて扱った本ですが、認知言語学という分野の出発点としても重要な文献です。「Metaphors We Live By 第1章」のように、最初の何章かの要約を載せているので、手っ取り早く内容を知りたい学生が検索しているのではないかと思われます。実際、だいぶ前ですが「教科書の訳載せてるブログ見つけた」と言っている学生をウェブ上で見たことがあります (^^;)

ちなみに、読書会をするサークルでぼくが担当した本がこれで、そのとき使ったレジュメを載せています。当時は大学3年生だったし、要約がこなれていない箇所もある気がするのですが、手を加えようとうするときりがないので、そのままです。それにしても、Metaphors We Live Byでこんなにたくさん検索されるとは思っていなかったなあ(笑)。

「教職課程 履修 やめる」については、新年度の履修申告の時期ですし、教職課程を続けるかやめるかの決断を迫られている人が多いという感じでしょうか。教職課程は、決して楽ではないですが、たとえ途中でやめてしまうとしても得るものがあると思います。「教職課程を履修するかどうか迷っている人へ」という記事が少しでもお役にたてていれば幸いです。

「教育実習」で検索しているのは、教育実習の様子を少しでも知っておきたい大学4年生かな。5月末か6月ぐらいに実習に行く人が多いと思いますが、大学内でも実習の説明会などありますよね。ぼくの場合は、母校で6月に3週間の実習でした。もうそれから4年経ったと思うとびっくりです。今は母校で非常勤講師をしていますが、同僚には当時実習でいっしょだった後輩がいます。同じときに教育実習をやった学生が二人も講師として戻ってくるケースって、けっこう珍しいのではないかなと思います(他の学校についてはよく知りませんが)。お世話になった恩返しができていればいいなと思います。

というわけで、アクセス解析から新年度らしさが感じられたという、ただの日記でした。
タグ:日記
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2013年04月22日

博士課程へ

この春から、大学院の博士課程の学生になりました。修士課程までとは別の大学に通っています。昨年度は、大学院生として学会で発表して、非常勤講師として高校で授業をして、その上で受験生として博士課程の受験だったので、なかなか大変だったなあと思います。

博士課程は、二つの大学に出願しました。二つとも落ちる事態も一応想定していたので、無事に試験に合格し、博士課程に進むことができて、本当によかったです。試験だからといって焦ったりピリピリしたりするのは苦手なので(意識しすぎるとかえって力が発揮できない状態になる)、なるべくいつも通りの自分でいようと思ったし、「きっとなんとかなる」と思うようにしながら過ごしていました。周囲の人には「心配してなかったよ」とか「余裕そうだったね」と言われることもありましたが、合格の発表を見た翌日あたりに肌の調子がすごくよくなっていたので(笑)、思っていたより精神的に抱えるものがあったんだなあと、自分でも後から気づきました。とにかく所属が決まってホッとしています。

授業のスタイルや研究室の雰囲気はけっこう違うし、施設の使い方など覚えることも多いのですが、徐々に慣れていければいいなと思います。とりあえず、バタバタした生活が続きそうですが、がんばります。
タグ:日記
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2013年03月26日

認知言語学キーワード紹介(2):カテゴリーとプロトタイプ

動詞runの意味を聞かれたら、何と答えるだろうか?多くの人が最初に思い浮かべるrunのイメージは「走る」、つまり「足を交互に素早く動かして移動する」ことだろう。『ジーニアス英和辞典 第4版』を見てみると(1)のような例はもちろん挙がっているが、(2)や(3)も見つかる。(2)のrunは「乗り物の移動」、(3)は「液体の移動」を表している。

(1) She ran for 20 miles.(彼女は20マイル走った。)
(2) I saw a car run through a red light.(車が赤信号を無視して走るのを見た。)
(3) The river runs into the Pacific Ocean.(その川は太平洋に注いでいる。)

このような例まで含めて考えると、runの意味を単なる「2本足による素早い移動」とは言いづらくなる。これは、runの意味カテゴリーをどのように記述するかという問題である。人間は、知識を単にばらばらに蓄えているわけではなく、何らかのグループにまとめている。そのグループが「カテゴリー」(category)である。

カテゴリーについては古くから研究されてきたが、次のような考え方が主流であった。つまり、あるカテゴリーに属する成員はすべてある属性を共有しており、カテゴリーの成員間には優劣はない、というものである。このようなカテゴリー観に従って、さきほどのrunについて考えてみよう。runの意味カテゴリーに含まれる成員はすべて「高速の移動」という属性をもっていると考えれば、(1)-(3)のすべての用法を偏りなく扱うことができる。しかし、runの意味を「高速の移動」とだけ提示してしまうと、今度は直感的なrunのイメージとはだいぶ離れてしまうだろう。

認知言語学では、カテゴリーをもっと柔軟なものであると考えている。あるカテゴリーの成員がどれも同じだけの資格をもっているわけではなく、もっともそれらしい、中心的な成員から、あまりそれらしくない、周辺的な成員があるとするカテゴリー観を採用するのだ。中心的、代表的な成員のことを「プロトタイプ」(prototype)と呼ぶ。カテゴリーがそのように構造化されていると想定すると、runの意味に抽象的な「高速の移動」というものがあることを認めつつも、そのカテゴリーにはプロトタイプ「2本足を使ったすばやい移動」を中心に、周辺的な成員「乗り物の高速移動」「液体の高速移動」までの段階性があることを捉えることができる。


今回挙げたrunについては、早瀬尚子・堀田優子著『認知文法の新展開:カテゴリー化と用法基盤モデル』のpp. 36-39を参考にしています。ここでは、さらに「立候補する」という意味の位置づけなども言及されているので、興味をもたれた方はぜひご覧ください。
認知文法の新展開 (英語学モノグラフシリーズ (19)) [単行本(ソフトカバー)] / 早瀬 尚子, 堀田 優子 (著); 研究社 (刊)

認知文法の新展開 (英語学モノグラフシリーズ (19))
早瀬尚子・堀田優子
研究社


上記の本はすでにある程度言語学を勉強した人向けに書かれています。もっと入門的な本としては、吉村公宏著『はじめての認知言語学』がおすすめ。カテゴリー化を中心とした認知言語学の姿勢をつかむのに最適です。
はじめての認知言語学 [単行本] / 吉村 公宏 (著); 研究社 (刊)
はじめての認知言語学
吉村公宏
研究社


関連記事:
認知言語学キーワード紹介(1):捉え方
認知言語学キーワード紹介(3):メタファーと経験基盤主義
認知言語学キーワード紹介(4):ゲシュタルトと構文
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2013年03月13日

認知言語学における「捉え方」:言語学を学ぶきっかけ

前回は、認知言語学のキーワードとして「捉え方」を紹介しました。
認知言語学キーワード紹介(1):捉え方

実は、この「捉え方」というキーワードは、ぼくが言語学を学ぶきっかけにもなったものです。中学や高校で英語を学んでみると、似たようなことを表すのに複数の表現があることがわかり、それらがどう使い分けられているのかなあと気になっていたのです。英語の先生に聞いてみたり、辞書に似ている表現の意味の違いが説明されているとメモしてみたり。

その後、大学に行って、言語学の中でも認知言語学と呼ばれる分野では「捉え方」を重視しているのを知りました。一見同じように見える表現でも、言い方が異なるならばそれは「捉え方」の違いを反映しているのであり、意味にも違いがある。認知言語学の本にそう書かれているのを見て、わくわくしました。そして、もっとそういうことが知りたいなと思い、言語学で卒論を書くことを決め、大学院にも進学することにしました。

「捉え方」は、自分にとって思い入れのある用語だったので、それを紹介した記事にフェイスブックの「いいね」がつくことは、すごくうれしかったです。なお、「捉え方」については、以下の記事でも言及しているので、もしよかったらこちらもご覧ください。

I am making slow progress. ― ことばがつくる現実
「上り坂」と「下り坂」
posted by ダイスケ at 23:26| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

認知言語学キーワード紹介(1):捉え方

以前、学部の授業のアシスタントをしていたのですが、そこで認知言語学という分野を学部生に紹介する機会をいただきました。そのときに使った配布物を見てみたいと言ってくださる方もいたので、もしかしたら他にも誰かの役に立つかもしれないと思い、手直しして公開してみることにしました。授業に出た人が、「認知言語学をもっと知りたい」「認知言語学の本を実際に手に取ってみようかな」と思ってもらうことを目的に作ったものなので、あまり一方的に説明しすぎないようにしています。そのため、物足りないという方もいるかもしれませんが、それについてはご了承ください。

では、まずは認知言語学のキーワードを文献とともに紹介してみようと思います。

*****


「東京には坂が多いけど、上り坂と下り坂はどちらが多いでしょう?」というのは、答えることのできない質問である。なぜなら、同じ「坂」でも下からみれば「上り坂」に、上からみれば「下り坂」になるからである。

このことからわかるように、ことばの意味には、何を指すかだけでなく、それをどのような立場から捉えているか、つまり「捉え方」(construal)まで含まれている。

これは、言い換えてみれば、たとえ同じ物や状況でも捉え方が異なれば選択される表現が異なることを意味する。英語には、「地球」を表す語にthe earth、Earth、globeなどがある。これらの語は、地球をどのように捉えるかの違いを反映している。では、次の(1)-(3)の場合、どれを用いるのが適切だろうか。

(1) 数百年前は地球が丸いという考えを多くの人があざ笑った。
Hundreds of years ago, many people scoffed at the notion that (     ) was round.

(2) アメリカ合衆国とヨーロッパかまたは地球の他の場所の間を日中に飛行機で移動すると疲労するが、その原因はまだ臨床学的に十分解明されていない。
A day time flight between the United States and Europe or any other part of (     ) is fatigue-making in a clinical way we still don’t fully grasp.

(3) 地球と異なり、木星にはその表面を分割する特徴がない。
Unlike (     ), Jupiter has no features to break up its surface.


(1)-(3)の例は、高橋英光著『言葉のしくみ: 認知言語学のはなし』という本の63ページから取っています。文献情報のあとに、答えだけ載せておきますので、the earth、Earth、globeが地球をどのように捉えた表現なのか気になった方は、ぜひこの本を見てみてください。

言葉のしくみ―認知言語学のはなし (北大文学研究科ライブラリ) (北大文学研究科ライブラリ 1) [単行本] / 高橋 英光 (著); 北海道大学出版会 (刊)
言葉のしくみ―認知言語学のはなし
高橋英光
北海道大学出版会


答え
(1) the earth (2) the globe (3) Earth

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認知言語学キーワード紹介(2):カテゴリーとプロトタイプ
認知言語学キーワード紹介(3):メタファーと経験基盤主義
認知言語学キーワード紹介(4):ゲシュタルトと構文
posted by ダイスケ at 23:13| Comment(0) | 言語学の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする