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■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2014年05月31日

2014年度の新しい生活

最近は「教育実習」などの用語で検索して見に来ていただくことが多いのですが、そういえば、そういう季節ですね。5月末から6月にかけては、教育実習生を受け入れている学校が多いと思います。この時期は、新年度が始まってすぐの緊張感も和らいできて、ゴールデンウィークや中間試験も終わって、期末試験まで比較的落ち着いて過ごすころだと思うので、学校としても受け入れやすいのかもしれません。体育祭をやる学校もあると思いますが、実習生としては生徒と触れ合うチャンスになりますし、実習生を指導する先生としては授業が無くなる分、実習生に無理に授業をさせずにすむとも言えるかもしれませ(実習生に授業を任せるのも大変ですから)。自分の場合、教育実習をした3年後に非常勤講師として母校に戻ったので、この時期は職員室でも初々しい実習生の姿を見かけ、懐かしい気持ちになったものです。

さて、教育実習の話から入りましたが、今回は久しぶりに近況報告をしようと思います。2年間続けた高校の講師でしたが、3月末に退職しました。そして、4月からはある大学の非常勤講師(英語)をさせていただいています。大学は文学部出身なので、自分が受けてきた英語の授業も文系という感じのものでしたが、今受け持っているのは理系のものなので、新しい話題にも触れ自分自身の勉強にもなっています。大学の事務とのやりとりを含めてはじめてのことばかりで、この2ケ月でいろいろ学びました。高校生を教えていたのはずいぶん前のことのような気がします。高校での思い出などもそのうち書けたらいいなと思っています。試行錯誤の連続ですが、よい授業ができるよう、がんばります。
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2014年04月30日

英語で論文を書く(3):形容詞や副詞を有効に使う

自分で英語を書いてそれを読み直してみると、とても貧弱な文章に見えてがっかりすることがある。文章に何かが足りないように思えてしょうがない。最近、その原因の一つは、形容詞や副詞、あるいはそれに相当する語句がうまく利用できていないからかもしれないと気づいた。

英語の文が成立するにあたって、通常名詞や動詞は必須要素である(命令文Look!や感嘆文How tall!などはとりあえず除いて考える)。学習上の重要なポイントとして指導されるし、辞書で用法を確認する必要性も認識しやすい。

その一方で、形容詞や副詞はなくても文が成立する場合が多い。たとえば、以下の英文には形容詞・副詞は使われていないが、文法上特に問題のない文である。

(1) There is a difference between X and Y. (XとYには違いがある)
(2) This phoenomenon is treated under the heading of X. (この現象はXという項目のもとで扱われている)

しかし、文法上なくてもよいからといっても、あるとないとでは大きく印象が違う。(1, 2)と(1', 2')を比べてみてほしい。

(1') There is a {crucial/salient/slight} difference between X and Y.(XとYには{決定的な/際立った/わずかな}違いがある)
(2') This phenomenon is {usually/generally/traditionally} treated under the heading of X.(この現象は{通例/一般的に/伝統的に}Xという項目のもとで扱われている)

(1)の場合「違いがある」とだけ言われても、だから何なのかという気がしてしまうが、(1')のようにその違いがcrucial(決定的)だとかslight(わずか)だと言われれば、読み手に伝えるのに十分な意味が付加されるし、前後の文章とのつがなりも明確になってくるだろう。たとえば、「決定的な違いがある」ならば、それまでこの違いに気づいていなかった従来の研究を批判し、それを説明するための新説を提示するのかもしれないと読み手も心の準備ができる。

また、(2)はこれでも問題はないが、generally(一般的に)などと付け加えておけば、特定の分野の先行研究のレビューをしているようなことが伝わりやすいのではないだろうか。実際に論文を読んでいても、(2')のように副詞が入っていることが多いように思う。

形容詞・副詞が論文の中で果たす役割は思いのほか大きい。しかし、いざ使おうと思うとちょうどよいものが思いつかなくて困る。しかも、似ている意味のものが複数あって選択に悩んだり、意外と名詞や動詞との相性が重要で必ずしも自由に修飾できなかったりする。名詞や動詞に比べると形容詞・副詞は十分に注意が行き届かないことが多いが、論文で見かけたときに意識的に使い方を学んでいくのが大切だろう。これらの修飾語句を有効に使って、読みやすく伝わりやすい論文を書いていきたい。

*****

今回の記事を書いていて、高校のころに習っていた予備校の先生を思い出しました。鬼塚幹彦先生といって、代々木ゼミナール(代ゼミ)で授業を受けていました。代ゼミで授業を受ける前に鬼塚先生の本を読んでいたのですが、自分にとってその本との出会いがその後の英語への接し方を大きく変えたと言っても過言ではありません。もしかしたら、鬼塚先生がいなければ、大学院で英語の研究をするほど英語に興味をもっていなかったかもしれません。それぐらい影響を受けたのですが、そのあたりの話はいずれ機会があればしたいと思います。今回は、先生の著書から記事に関係するところを引用するのに留めておきます。

 形容詞と副詞は(形容詞が文の補語になる場合は別として)文の構成要素ではありません。
形容詞と副詞がなくても文が成立する
ということです。
「いつ」「どこで」「どのように」の部分をはずして考える
この作業から英語の学習を始めるのはこのためです。(中略)
 不可欠ではないのに形容詞・副詞がある。それは、英文の意味の色づけをするだけでなく、最終的な意味を決める、という実は重要な役割を果たしているからです。
 初歩の段階で取り除いてしまった形容詞・副詞に対する思いやりのようなもの、これが芽生えてきたとき、英語学習の終点も間近です。(p.106)

鬼塚幹彦. 2003. 『鬼塚の最強の英文法・語法3 入試実践編』学研.

「思いやり」という表現がいいですね。久しぶりに鬼塚先生の本を開きましたが、今になってやっと鬼塚先生のことばの意味がわかってきたように思います。

レベルアップ問題集 鬼塚の最強の英文法・語法 3.入試実戦編 (レベルアップVシリーズ) [単行本] / 鬼塚 幹彦 (著); 学習研究社 (刊)
鬼塚幹彦
レベルアップ問題集 鬼塚の最強の英文法・語法 3.入試実戦編 (レベルアップVシリーズ)


関連記事:
英語で論文を書く(1):外国語で書くからこそ得られるもの

英語で論文を書く(2):同じ表現を何度も使わないために
タグ:日記 語学 研究
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2014年03月31日

ウクライナ、ゆかり、品川

最近はウクライナについての報道が多いが、ウクライナ(Ukraine)は英語で発音すると、「ウクライナ」のような音にはならない。「ユクレイン」に近い音になるのだ(発音記号は/jukréɪn/)。"u"を「ウ」ではなく「ユ」のように発音している。基本的に単語の頭にuがあるとき、英語では基本的にuを「ウ」と発音しない。たとえば、usualやuseは「ユ」、upやuncleは「ア」のような音になる。

英語では語頭のuは「ウ」と読まないというのは、英文学の先生から聞いたのだが、そのときのエピソードがおもしろくて今でも覚えている。英文学の先生が語頭のuの話題を出したのは、イギリス人とのやりとりの話をしたときだった。その先生が日本好きのイギリス人とメールをしているときに、ご飯にかける紫色のものは何だという話になったらしい(マニアックな質問だ)。

紫色のごはんにかけるものとはゆかりのことだ。その先生は「ゆかり」をどのように綴るかを考えた。ローマ字通りに綴ればyukariとなるが、英語では語頭に「ユ」の音を出す場合、外来語を除けばyuではなくuを使うとわかっていたので、英語らしく綴るならukariのほうがいいのではないかと、その先生は気を遣ってそう綴った。

しかし、そのイギリス人は日本語のことをよくわかっていたのでukariをウカリと読んでしまい、デパートでゆかりを見つけることができなかったそうだ。ちなみに、イギリスにもゆかりを売っているところがあるらしい。

この話を聞いて思ったのは、ことばというのは、伝える相手に合わせて発信するべきものなんだということだ。日本のものを英語で伝える場合、一見すると日本語の音をアルファベットに機械的に置き換えるしかないように思えるが、相手の言語のことを考えればよりよい綴り方があるかもしれない。今回の場合、英文学の先生が先回りして考えたことでかえって誤解のもとになってしまったが、でもそうやって相手のことを思いやってことばを使うという姿勢は学びたいと思った。

品川という駅を外国語話者に伝えたい場合、shinagawaと書けばそれで通じるかもしれないが、相手がドイツ語話者の場合はschinagawaと書いたほうが親切かもしれない(英語のshの綴りで表される音は、ドイツ語ではschと綴られる)。だれにとっても最適な伝え方があるわけではなく、相手に応じたことばづかいをするというのは、何も特別なことを言っていないような気がするが、これが外国語になると案外忘れられてしまう。もちろん、いつでも適切なことばを選択できるほどこちらにその言語の運用能力があるとは限らないし、工夫した結果が裏目に出ることもあるかもしれないが、そういう気持ちがあるかどうかは大事なことだと思う。
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2014年02月26日

東京・品川行き、間もなくの発車です

先日、後輩の大学院生といっしょに居酒屋で飲んでいたら、店員に話しかけられた。「お客様、言語にお詳しいようですが、あちらのお客様がお聞きしたいことがあるとおっしゃっていまして」とのことだった。

飲みに行っても、話題はやはり言語に関することが多い。そんな会話を聞いていた別の客が、日頃のことばに関する疑問を聞いてみたいと思ったようだ。居酒屋の常連客らしいその客がこっちのほうを向いて直接質問をしてきた。

質問の内容は、駅員が「東京・品川行き、間もなくの発車です」と言っているのを聞くが、その日本語は間違っているのではないか、ということであった。気になるのは「間もなくの発車」の部分らしい。「間もなく発車します」はいいが、「間もなくの発車(です)」はおかしく感じられる、というのだ。

今まで考えたことはなかったが、なかなかおもしろいことだなと思った。「XのY」という表現を考えた場合、典型的にはXとYの両方に名詞がくる。「太郎の息子」「花子の本」「次朗の到着」などである。しかし、「間もなくの発車」の場合、Xの位置にある「間もなく」は名詞ではない。「間もなく」は、「間もなく出発する」という言い方が可能なように動詞修飾をしていて、かつ活用しないので副詞だと考えてよいだろう。(「間もなく」はもともとは「間+も+なく」から成り立っていると思うが、ここではこれで一語扱いをする)

「わざと間違える」「やむなく中止する」(副詞+動詞)と言えても、「わざとの間違い」「やむなくの中止」(副詞+の+名詞)とはちょっと言いづらいように、「XのY」の表現においてXが副詞のパターンは不自然になるように思える。ただ、一部の副詞の場合そのような表現もある程度許容されるようだ。

(1) 突然の訪問をお許しください。(cf. 突然訪問する)
(2) ゆっくりの演奏ではつまらない。(cf. ゆっくり演奏する)
(3) なんとなくの読書では内容が頭に入らない。(cf. なんとなく読書する)

(1)-(3)は自分で考えた例文だが、みなさんにとってはいかがだろうか。自分としてはあまり違和感なく使える表現だが、人によってはややインフォーマルな印象をもったり、あるいは不自然だと感じるだろう。逆にまったく問題ないという人もいるかもしれない(個人的には特に(1)は自然な気がする)。(1)や(2)のように、動作の時間や速度に関するものについては比較的言いやすいような気がするが、どうなんだろう。今後も考えてみたいと思った。

居酒屋ではここまでちゃんとした提示はしなかったが、質問をしてきた客に次の3点は伝えた。

(a) 他にも「副詞+の+名詞」という表現はあること
(b) だから「間もなくの発車」は間違いとまでは言えないかもしれないこと
(c) 「間もなくの発車」は自分としてはそれほど違和感がないが、「間もなく発車する」に比べたらやや不自然かもしれないこと

そんな感じで、自分としては誠実に答えたつもりだったし、相手もなるほどという顔をしていたのだが、あとでその人が店員と会話するのを聞いて、複雑な気持ちになってしまった。店員が「疑問は解決されましたか」と言うと、客は「ええ。やはりちょっとおかしいと言っていました」と答えていた。たしかに、「やや不自然かもしれない」とは言ったがそれだけを言ったわけではないし、ちゃんと言ったことが伝わっていなかったかなとも思った。しかし、その客にとってはその表現が正しいか間違っているかに関心があり、しかも単に間違っているというサポートがほしいだけだったのかもしれない。だとしたら、そのような答え方になってしまうのもしょうがない。残念ではあるけど。

よく誤解されるが、言語学は言語の実態を解明するのが目的であり、テストの採点者のようにある表現が正しいか間違いかを決めるのは守備範囲ではない。だから、ちょっと気になることばづかいに対しても、ことばの乱れだと怒るのではなくて、そこにどんな仕組みがあるのだろうと身を乗り出すのが言語学者である。言語学の考え方に慣れた自分にとっては、単に正誤のみを問題にされるとさびしい気持ちになる。それが一般的なことばへの関心なのかもしれないが、正誤以外にもことばへの接し方があることを発信できたらいいなというのは、考えてみればブログを始めたきっかけでもある。そんなことを思い出したやりとりだった。

それにしても、案外他人に会話って聞かれているものなんだな。「身体部位所有者上昇構文」などの怪しい用語で盛り上がっていた人たちに、よく質問してみる気になったなと思った(笑)。
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2014年02月21日

ブログを始めて5年、150回目の記事

今回でちょうど150回目の記事です。ブログを始めたのが2009年の1月なので、もう5年も経ちました。大学の学部生のころからやっているのですが、いまや大学院の博士課程です。その間いろいろありましたが、ブログを更新するのは変わらず続けてこれました。

ブログを始めてすぐはほとんど自分しかアクセスしていなくて、せいぜいたまに友達に見に来てもらうという感じでした。

でも、ゆるやかなペースではありましたが、ちょっとずつ検索によるアクセスが増えてきたり、直接の知り合い以外の方からコメントをいただけるようになってきました。ブログがきっかけで交流が始まった人もいたり、初対面の人に前からブログを見ていましたと言っていだけたり。大学院の入試を受けるにあたって参考にしたという方もいて、恐縮しつつもありがたく思っています。

また、この1年ぐらいでFacebookやTwitterで話題にしていただくことが増えてきました。より多くの人に読んでいただけて、うれしい限りです。

ブログを始めた時点ですでに大学で言語学の勉強を始めていましたが、ことばについて考えるのは、ずっと前から好きでした。たとえば、「ごはん」は米を表すことも食事を表すこともありますが、別のものを指すのに同じことばを使うのはなんでだろう、紛らわしくて困らないんだろうか、などと子供ながらに思っていました。また、中学生のときに、「地面を掘る」と「穴を掘る」はどちらも「?を掘る」という言い方なのに、一方は動作の対象でもう一方は動作の結果を目的語に取っていると書いてある本を見て、わくわくしました(それを英語で調べたのが卒論になりました)。そんな感じで、自分が言語学を勉強するときの根底にある興味や、大学のレポートになるほどではないけどちょっと考えてみたことを書いて、それを人と共有できたら楽しいかもなと思ったのでした。

最近の自分の記事を振り返ってみると、ことばに関する素朴な疑問や思いつきを取り上げることがやや少なくなってきたように思います。そいういうのはむしろTwitterでやっていると言えるかもしれません(@monaka_d)。ちょっとしたことを書くのは、思いついてすぐに発信できるツールの方が向いていますね。ブログでは、内容を頭の中で整理してから書くことが多いので、いつの間にかTwitterとブログで役割分担をするようになった感じでしょうか。でも、今年は改めてそういう記事も増やせるといいなと思っています。

逆に増えてきたのは、言語学の紹介に関するものです。大学院生になって、少しずつ言語学というものがわかってきたように思えたからと、学部の授業でミニレクチャーみたいなこともしてみて、案外こういうのも需要があるかもしれないと思ったのがきっかけです。主に「認知言語学キーワード紹介」「現象と文献の紹介」という形で記事を載せていますが、単に教科書的な説明をするのではなく、自分がどんなところをおもしろいと感じているのかをできるだけ盛り込むようにしています。なので、ブログの基本姿勢は変わっていないつもりです。幸い、どちらもいろんな方に見ていただけているようでよかったです。

あとは、語学に関する話題が増えました。高校の講師として英語を教えることで、自分の外国語学習を見つめ直したり、英語教育について考える機会が増えたからですね。また、身近にいる語学がよくできる人とのやりとりを通して、自分自身の語学に対する意識が変わってきたことの反映でもあります。今後もたぶん語学に関して書くことは多くなると思います。

大学院生になった今は、学会発表をしたり論文を書いたりしているわけですが、これらの研究活動はどうしても一定の手続きに従う必要があります。もちろん、だからこそできることもたくさんありますが、ブログは自分の興味を直接表現できる分、研究活動そのものよりも、自分がなぜ言語学をやるのかを再確認する機会になっているかもしれないなと思います。その意味でブログはけっこう貴重な場だなと感じますし、これからも長く続けていけたらと思います。更新頻度はあまり高くないですが、引き続き月に一回は更新していくつもりです。またみなさんとこのブログでお会いできるのを楽しみにしています。
タグ:日記
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2014年01月11日

2014年もよろしくお願いします

だいぶ遅れましたが、あけましておめでとうございます。
早いもので新年になってもう10日も経っているのですね。新年になってからの一週間は、わりと集中して研究ができました。そういう意味ではよいスタートが切れたと思います。

去年の今ごろは博士課程の受験を控えていたので、とにかくまずは合格せねばという感じでした。おととしは修士論文の提出を控えていたので、とにかくまずは提出せねばという感じでした。そう考えると、久しぶりに落ち着いて新年を迎えることができたように思います。修士課程修了できなかったり、博士課程に進学できなかったりすると、研究を続けることができないので、今こうして博士課程の学生として安心して研究できる環境にいられるのは、それだけでありがたい限りです。

博士課程は、修士課程までとは別の大学に進学したので、期待も不安もあったわけですが、今は本当にこの大学に来れてよかったなと思っています。大学院生もいい人ばかりで研究室の雰囲気もとてもいいですし、指導教授はもちろん、それ以外の先生方も、研究者としても人間としても尊敬できます。今は非常勤講師もしているので、どうしても大学にいられる時間が長くないのが残念です。

今年は、博士課程も2年目だし、もっといろいろなことに挑戦できたらと思います。今年もよろしくお願いします。
タグ:日記
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2013年12月31日

語学の上達のために必要なことを考える

勉強に関して、次のようなことをよく聞く。一度に5時間勉強するのをたまにしかやらないよりは一日10分でも毎日やるほうがいい、というアドバイスだ。たしかに、一夜漬けの勉強をするより、たとえわずかな時間であっても継続的にやったほうが、記憶の定着にはよいだろう。しかし、少なくとも語学に関しては、「毎日ちょっとずつ」型の勉強には危険も潜んでいると思う。

ここでは、語学に初級、中級、上級があるとして話を進めてみたい。なお、何をもってして中級と呼べるかなどの問題はあえてしない。中級の中にも実際には幅があるだろうが、なんとなくのイメージでこれらの用語を使う。また、その言語が実際に話されている場所で生活するなどの状況も考えないことにする。

初級から中級に上がるのは、ある程度時間をかければできる。中級から上級に上がるのが難しい。中級は、ちょっとサボるとすぐに衰えて初級並みになってしまうし、かといって一日10分程度の勉強だと、初級まで引き戻されなかったしてもなかなか自分の語学力が伸びていると実感できない。初級のときに比べると、力が伸びるスピードは落ちるからだ。そうすると、だんだん今やっていることが無駄なんじゃないかと思い始めて、勉強が継続できなくなる。実際にはスピードが落ちただけで無駄ではなく、継続していればあるとき自分が意外と前進できたことに気づく瞬間が訪れるのだが、その前に不安になって勉強を中断してしまう人もいるだろう。そんな感じで、語学は初級と中級を行ったり来たりしている人が多いと思う。

ちゃんと力がついたと実感するためには、あるときに一日5時間を2週間継続するといったことが必要なのではないかと思う。そうすると、一段階上がったことが感覚としてわかって、自信になる。その後は徐々にペースを落として毎日少しずつ勉強する形にしてもかなりの効果があると思う。勢いをつけたことで十分定着させられなかったことを補うのには、そのぐらいのペースがむしろちょうどよいのかもしれない。そしてまた短期集中の時期をつくる。そういったことを繰り返していくうちに、中級の壁を突破して、上級に進めるのではないだろうか。一度上級になると、そう簡単には中級には戻らない。そのため、多少時間をあけても中級のときほどは深刻にはならない。ただ、何もしないと確実に衰えていくので注意は必要だし、上級がさらに高みを目指そうとすると中級以上に意識的に勉強しないといけないだろう。

ちなみに、このことは語学以外の勉強でも当てはまると思うが、語学は特に中級を初級へと引き戻す引力が強い気がする。他の勉強はもうちょっとその引力が弱い印象があるのだけど、あくまで印象なのでそれ以上のことは言えない。

そんなことを書いているうちに、大学受験のときにお世話になったある予備校の先生を思い出した。その先生は、授業中に「塵も積もれば山となると言うけど、塵なんてフッと吹けば飛んでなくなっちゃうよ」と言ったのだ。だから少しずつ勉強しても意味がないということではなく、人生には、簡単に吹き飛ばされないぐらいの高さの山を一気につくらなきゃいけない時期があるということを伝えたかったのだと思う。当時の自分にとっても記憶に残る一言であったが、今はさらに実感としてわかるような気がする。

自分の目的や今いるレベルにもよるが、語学にはちょっとずつ継続するという「守り」の勉強と一気に押し上げる「攻め」の勉強が両方必要なのだろう。うまく使い分けて語学の上達を目指したい。

関連記事:
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タグ:語学 日記
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2013年11月30日

英語で論文を書く(2):同じ表現を何度も使わないために

英語で論文を書いていて、内容に問題があるわけではないのに、立ち止まらざるを得ないときがある。同じ表現を何度も使いそうになっているときだ。

英語では、同じ内容を言うにしても、別の表現で言い換えることが多い。日本語の場合もそうかもしれないが、英語のほうがその傾向は強いだろう。しかし、一度使った表現を繰り返さないで別の表現を使うというのは、なかなか難しい。ちょうどよい表現を探すのに、けっこう時間がかかるものだ。

英文中でどのように表現の言い換えがなされているのか、実際に少し見てみよう。自分で英語を書くときのヒントになるはずだ。英語で論文を書くという点でいえば、今回の記事は理系の人にも見てもらえるかもしれないので、理系寄りの文章を取り上げてみる。以下の文章は、SCIENTIFIC AMERICAN 60-Second ScienceというウェブサイトのDo These Microbes Make Me Look Fat?という記事から。いくつかの単語には日本語訳を添えておく。

Researchers found that mice given gut microbes from obese humans became fatter than those that got microbes carried by slim folks. When the husky and lean mice shared microbes with each other, the bigger ones picked up some of the beneficial gut flora?and had improved metabolisms.

gut: 腸 microbe: 微生物 obese: 太り過ぎの husky: 体格のよい lean: やせた flora: 細菌叢(細菌の集合) metabolism: 代謝


このわずか1パラグラフの中にも、同じ内容を別の表現で言い換えている箇所がいくつも見つかる。

(1) mice given gut microbes from... / those that got microbes carried by...
(2) obese humans / slim folks
(3) obese / husky
(4) slim / lean
(5) gut microbes / gut flora

(1)であれば、mice given gut microbes from... と書いた後にthose given gut microbes from...と書いたとしても内容としては問題ないだろうが、そのような単純な繰り返しは避けられ、giveと意味上関連するgetが用いられている(AにBが与えられる(be given)=AはBを手に入れる(get))。(2)ではobese humansとの対比でslim humansと言ってもよさそうだが、実際にはhumansの代わりにfolksが使われている。さらに、(2)で出てきた形容詞obeseとslimは、それぞれ似ている意味の語である(3)huskyと(4)leanに置き換わっている。(5)gut microbesとgut flofaもほぼ同じ内容と考えてよさそうだ。

(2)のように、humansをfolksに言い換える場合なら、類語辞典(シソーラス)を見ればよいかもしれない。しかし、(1)のように単純な単語レベルではない言い換えは、なかなか思いつかない。うまい言い換え表現を見つけたら線を引いたりして使える英語表現のレパートリーを増やしていくというのが、地道だが確実な方法だ。

また、huskyは「体格のよい、がっしりした」という、どちらかといえば肯定的な評価を伴う語(アメリカ英語)だが、この文脈では肯定的な意味合いは感じられない。言い換えにあたっては、このような評価的な側面が捨象されてしまう場合もある。そういった点を意識しながら英文を読むのも勉強になる。

あとは、自分でよく使いがちな表現を予め覚えておいて、それに似た表現を見つけたらメモするのも効果的だ。自分自身についていえば、in terms of...をよく使うことに気づいたので、それ以外にどんな表現があるのか気にするようになった。そうやって気にしていくと、代用できそうな表現がいくつも見つかってくる。たとえば、以下のような表現だ。

(6) in the light of...
(7) in relation to...
(8) from the perspective of...
(9) with respect to...

おかげで、最近はin terms of...に頼りすぎずにすんでいると思う。もちろん、これらの表現がいつでも置き換え可能なわけではないだろうから、いっしょに使う動詞なども合わせて確認するようにしている。

高校までの英語の授業では、名詞の繰り返しを避けるための代名詞(it、one、that/thoseなど)については習う。上記に取り上げた英文でもmiceがthoseやonesに置き換わっており、こうした代名詞の使い方を学ぶのは大事なことだ。しかし、今回紹介したようなタイプの言い換えについては、あまり学ぶ機会がない。大学で英語を書くようになってみてからぶつかる壁かもしれない。類語辞典やGoogleの検索で表現を探すという、論文を書くときの工夫はもちろん必要だが、普段英語を読んでいるときにできること、つまり、書くときのことを意識して表現のストックを増やしておくことも、表現力を磨く上で重要なのではないかと思う。

ちなみに、SCIENTIFIC AMERICAN 60-Second Scienceは、理系で使う英語に触れるにはとても便利。1分間でそれなりにまとまった内容を学べて、しかもPodcastでどこでも勉強できるので、ぜひ利用してみてください。

関連記事:
英語で論文を書く(1):外国語で書くからこそ得られるもの

英語で論文を書く(3):形容詞や副詞を有効に使う
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タグ:日記 研究 語学
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2013年10月05日

英語で論文を書く(1):外国語で書くからこそ得られるもの

大学ではいわゆる英文科に所属していたこともあって、英語でレポートを書く機会がたびたびあった。卒論も英語だった。大学院生になってからの論文は、英語で書くことの方が多い。英語で論文を書くのは大変で、なかなか一日に書けるページ数も少ない。辞書を引いたり英語の文献を読み返しながらやっていると、わずか数行書くのにだって、一時間ぐらい、場合によってはそれ以上かかるときもある。

英語に限らず、外国語で論文を書くのは骨が折れるが、外国語で書くからこそ得られるものもある。日本語で書くと、内容がボロボロでも、案外何かしら書けてしまう。しかし、外国語ではそういったごまかしができないから、内容に意識的になる。

実際、英語で論文を書いていて筆が進まないとき、その原因は英語そのものというよりは中身にあるという場合がけっこうある気がする。(「筆が進まない」と言うと、なんだか古風な感じもするが、他に変わる表現がなかなか見つからない。)論じる順番がわかりにくかったり、論理に飛躍があったり、主張の提示の仕方に自分自身で納得していないことがわかったり。そういうときは、一度書くのをやめてノートに論文の要旨を書き出してみる。そんなことをしているうちに、ちょっとずつ内容が整理されていく。

書いているときに作業を中断してノートを引っ張り出すのは、どんどん完成が遅くなるように思えて、気が重くなることもある。だったら書く前にもっと内容を考えればいいじゃないかとも思うが、書き始めてみないと、自分の論にどんな問題があるのか気づかなかったりする。実際に文字にしてみると、だいたい大丈夫だと思った考えが案外いい加減だったと思い知らされる。それは、日本語で論文を書くときでもそうなのだけど、外国語だと余計にそうなる。

そうやって、試行錯誤しているうちに、ちょっとずつ内容がよくなっていく。その結果、日本語のときよりもよい論文が書けたかもしれないと思うことがある。時間はかかるが思考の訓練になる。その意味では、外国語で書くことはけっこう創造的な営みなのかもしれない。

関連記事:
英語で論文を書く(2):同じ表現を何度も使わないために
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タグ:日記 研究 語学
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2013年09月14日

認知言語学キーワード紹介(4):ゲシュタルトと構文

cat foodという表現は、catとfoodから成り立っており、ネコの食べ物であるキャットフードを意味する。表現全体の意味が、その構成要素の足し算によって導くことができるとする考えのことを「構成性(合成性)の原理」(principle of compositionality)と呼ぶが、cat foodにはそれがよく当てはまるように思われる。しかし、言語表現の意味が、いつでも構成要素の単純な組み合わせだけで説明できるとは限らない。次のような表現を見てみよう。

(1) breakfast person(朝食派の人)
(2) cat person(ネコが好きなネコ派の人)
(3) night person(夜更かしをする人、夜型の人)

(1)-(3)では、breakfastやcatとpersonを足し合わせるだけでは導けないような「-派、-主義」といった意味合いが出てくるのである(ちなみに、ネコが食べるものを何でもcat foodというわけではないので、cat foodでさえも単にcat+foodと考えるだけでは十分でないと言える)。

これらの表現は、構成性の原理からすると取扱いに困る例である。しかし、単純な足し算が成り立たないことは、人間の知覚についていえば決して珍しいことではない。たとえば、オーケストラの音楽では、バイオリン+トランペット+フルートなど各楽器の音の単なる集まりを超えた、ひとつの曲を認識するだろう。このような人間の知覚に着目し、ゲシュタルト心理学は「全体は部分の総和以上である」と主張した。全体には、部分になかった「まとまり」、つまり「ゲシュタルト」(gestalt)が現れるのである。認知言語学は、このようなゲシュタルト心理学の考えを取り入れており、言語においても、複合的な表現が、部分の単純な組み合わせを超えたゲシュタルトをなすと考えている。言語にもゲシュタルトがあると考えると、(1)-(3)の各表現に、部分の足し算では得られない意味があっても問題ないことになる。

ゲシュタルトを考える上で重要なのが、(i) 個々の部分よりも先に全体が知覚されて、(ii) その全体を前提とした上で各部分の位置づけが規定される、ということだ。そして、その部分の位置づけを決める際に大きな役割を果たすのが、ある種の「型」である。

音楽についていえば、メロディーを聞いたら、まずはオーケストラだとかロックバンドだという型を踏まえて、それから各楽器の音色や技巧に注目するだろう。

(1)-(3)についても同じように考えてみよう。まず「名詞+person」という型を先に認識して、そのあとで、「名詞」の部分の位置づけが決まる。その型に「-派、-主義の人」という意味があると考えれば、(1)-(3)をうまく分析することができるし、この型を利用すれば、「名詞」の部分を変えることでcoffee person(コーヒー好きの人、コーヒー党)やcity person(都会派の人)といった表現をどんどん作り出すこともできる。

認知言語学は、表現の型の役割を重視し、これを「構文」(あるいは「構成体」)(construction)と呼んでいる。(1)-(3)は複合語の例であったが、構文という考えはもっと大きな単位についても当てはまる。構文については、また次回改めて紹介したい。


最近は認知言語学に関する入門書は数多くありますが、その先駆的な本として河上誓作編著『認知言語学の基礎』が挙げられます。1996年に出版されたので、当然21世紀の認知言語学の発展については書かれていませんが、それまでの認知言語学の主要な研究についてはわかりやすく紹介されています。もとの本や論文から例文・図をそのまま引用していることが多いので、80年代、90年代の文献を読むときのガイドとしては今でも便利だと思います。
認知言語学の基礎 -
認知言語学の基礎
河上誓作
研究社


本書の第1章はゲシュタルトの説明から始まります。他の入門書に比べると、比較的ゲシュタルトについて割いているページが多い印象。なお、例文(1)-(3)は3ページに登場します。

関連記事:
認知言語学キーワード紹介(1):捉え方
認知言語学キーワード紹介(2):カテゴリーとプロトタイプ
認知言語学キーワード紹介(3):メタファーと経験基盤主義
posted by ダイスケ at 04:13| Comment(0) | 言語学の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする