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2013年05月29日

英語の勉強量なんて、みんな同じようなもの?

先日、iPad miniを買いました。そのときの店員との会話が、いろいろと考えさせられるものだったので、ここに書いておこうかと思います(iPad miniそのものの話題ではないです)。

iPad miniをほしくなった理由のひとつが、電子媒体で英語の本や論文を読むことだったので、店頭で画面の見やすさを確認してみました。ためしに、Google ブックスで、言語学の本を読んでいたところ、店員が話しかけてきました。

「iPad miniに興味おありですか」「ええ、ちょっと実際に触ってみたくて」「操作しやすいですし、軽いし、おすすめですよ」みたいな感じで会話が進みました。

その後、店員がiPad miniの画面を見て一言。「あ、英語お読みになるんですか。私は全然読めないですねえ。私も大学出てるんで、たぶん同じくらい英語の勉強してると思うんですけどねえ」

なんというか、あなたも私も大学での英語の勉強量は同じくらいのはず、という言い方にちょっとびっくりしてしまいました。まあ、会話を続けるためにとりあえず言ってみただけかな、とは感じつつも、おいおい、同じじゃないだろうとちょっとツッコミを入れたくなりました。

自分としては、英語の勉強量が十分だとは思っていません。周りには英語がよくできる人が何人もいるので、その人たちに比べたらまだまだです。ただ、それでも、普通に大学生活を過ごした人よりは英語の勉強をしたつもりです。もちろん、店員からしたらそんなこと知る由(よし)もないですし、相手が高校の講師だとか英文法を専攻している大学院生だなんて思いもしないだろうから、別にいいかなとも思ったのですが、妙に引っかかるものがありました。家に帰ってからも気にしているうちに、次のような考えが浮かびました。

英語の運用能力が高い人は、それ相応の努力をしているなと思います(本人は趣味で楽しんでいて、努力とはあまり思っていないかもしれませんが)。ただ、大学以降は、勉強しているかどうかの差が、わかりにくいと言えばわかりにくい。高校生のときのように、期末試験や大学入試という結果の比較が容易な試験があるわけではないので。なので、身近に英語がよくできる人がいないと、勉強量の比較をする機会がないために、人によって英語の勉強量が全然違うという実感があまりないのかもしれません。今日の店員は、そんな人の一人では。そして、もしかしたら、そういう人の中には、英語ができないのを教育のせいにしすぎる人がいたりするのでは。現状の英語教育にも改善点はあると思いますし、家電量販店の店員との会話から飛躍しすぎのような気もしますが(笑)、本当に英語ができる人が、その力を維持、向上させるためにどれだけのことをしているのか、案外考えないものかもしれないなと思いました。

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posted by ダイスケ at 03:28| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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