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2013年04月27日

認知言語学キーワード紹介(3):メタファーと経験基盤主義

「メタファー」(metaphor)というと、あくまで修辞上の問題であって、普段ことばを使う上では関わりのないものだという印象を与えるかもしれない。しかし、認知言語学は、メタファーは日常の言語活動に広く行き渡っていると考える。(1)に挙げた例文もメタファーの一種であるとすれば、そのことが認められるだろう。

(1)
a. I’m feeling up.(気分は上々だ)
b. Thinking about her always gives me a lift.(彼女のことを考えると、いつも気持ちが高ぶる)
c. I’m feeling down.(落ち込んでいる)
d. My spirits sank.(気分が沈んだ)

これらの例から、英語では感情を「上下」という位置関係を通して理解していることがわかる。頭の中でHAPPY IS UP(うれしいことは上);SAD IS DOWN(悲しいことは下)と捉えていることによって、つまり、概念のレベルでのメタファーが存在することによって、「上下」にまつわる語彙が体系的に感情の表現として使用されるのである。このような表現は、メタファー的であることに気づかないほど一般的に定着していると言えるだろう。そして、(1)のような言語表現を観察することによって、私たちの思考体系がいかにメタファー的であるかがわかるのである。

基本的なメタファーは、人間の身体的な経験を基盤にもつと考えられている。私たちは、うれしいときには、顔を上げ、飛び上がったりするなど姿勢が上向きになる。それに対して、悲しいときには、顔は下を向き、地面に座り込んだり、うなだれた姿勢になる。HAPPY IS UP;SAD IS DOWNという捉え方には、このような人間の自然な身体反応が関わっていると言ってよいだろう。

(1)に添えた日本語の表現からもわかるように、HAPPY IS UP;SAD IS DOWNという概念レベルでのメタファーは日英語で共通して用いられているようだ。一方、(2)のような表現は、日本語だとなかなか直接対応するものがない。

(2)
a. The discussion fell to the emotional level, but I raised it back up to the rational plane. (議論は感情的なレベルに落ちてしまったが、理性的なところまで引き上げて戻した。)
b. He couldn’t rise above his emotions.(彼は感情から上に上がれなかった=理性的になれなかった。)

これはRATIONAL IS UP(理性的なことは上); EMOTION IS DOWN(感情的なことは下)の例であるが、このような概念メタファーが存在するかどうかは文化的な経験に依存している。そのため、メタファーによる捉え方を調べることは、文化理解の上でも重要である。

以上のメタファーの例で見てきたように、言語は身体的・心理的経験はもちろん、文化的・社会的経験を基盤にして成り立っていると考えられる。このような人間の日常生活における経験をもとに言語現象を解明していこうとする立場を「経験基盤主義」(experientialism)というが、これは認知言語学の大きな特徴となっている。


メタファーをはじめとした認知言語学の基本的なトピックを知るには、谷口一美著『学びのエクササイズ 認知言語学』がちょうどよいでしょう。入門書なので扱うトピックは限られていて、詳しい情報を得ることはできませんが、その分認知言語学の姿勢を簡潔に伝えることができているように思います。なお、(1)の例は本書の75ページに登場します。
学びのエクササイズ 認知言語学 [単行本] / 谷口 一美 (著); ひつじ書房 (刊)
学びのエクササイズ 認知言語学
谷口 一美
ひつじ書房


また、George LakoffとMark Johnsonによって書かれたMetaphors We Live Byは、それまで文学や修辞学で扱われてきたメタファーに新たな光を投げかけた本であり、認知言語学の出発点としても重要です。さきほどの(1)と(2)は、もともとこの本で紹介された例文です。英語が読みやすく、言語学の知識がなくても読んでいけると思います。
Metaphors We Live by [ペーパーバック] / George Lakoff (著); Univ of Chicago Pr (T) (刊)
Metaphors We Live by [ペーパーバック]
George Lakoff
Mark Johnson
University of Chicago Press


なお、Metaphors We Live Byの最初の数章の要約もこのブログに載せています。興味のある方は、こちらもご覧ください。
Metaphors We Live Byまとめ

関連記事:
認知言語学キーワード紹介(1):捉え方
認知言語学キーワード紹介(2):カテゴリーとプロトタイプ
認知言語学キーワード紹介(4):ゲシュタルトと構文
Metaphors We Live By 第1章
Metaphors We Live By 第2章
Metaphors We Live By 第3章
Metaphors We Live By 第4章
Metaphors We Live By 第6
Metaphors We Live By 第8章
Metaphors We Live By 第9章
Metaphors We Live By 第11章
posted by ダイスケ at 00:04| Comment(5) | 言語学の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです、M.Kです。
実は今、卒業論文のテーマとしてコーパスを用いた認知意味論(behavioral approach)での多義性の解消というものに取り組みたいと思っており、先行研究を読んでいる途中です。
認知言語学の分野においては内省的なものに基づいた経験基盤主義が権力を持っているのでしょうか?
Posted by M.K at 2013年05月13日 01:35
M.Kさん、久しぶりのコメント、ありがとうございます。卒論のテーマ、おもしろそうですし、よかったらまた話をきかせてください。

さて、質問ですが、丁寧に考えるといろいろな問題につながりそうですが、とりあえずすぐに答えられる範囲で答えます。

言語を、人間の「経験」、つまり身体感覚や、自然環境・社会環境と関わりがあるとみなす立場も、そのような要素とは独立した、自律的なシステムとしてみなす立場も言語学にはあって、認知言語学は前者であるわけです。

認知言語学には、計量的なデータや心理学的な手法をもとにした研究もありますが、一番多いのは内省・作例に基づく言語学の伝統的スタイルでしょう。内省に基づく、つまりempiricalでないのに「経験基盤」を名乗るのはおかしい、と思われたのかもしれませんが、ここでいう「経験」はそういう意味ではないのだと思います。

ちなみに、内省でなくてはできない研究があるのも確かです。容認可能な文と容認不可能な文とを対比させて、ある表現の意味を調べるといったことは、内省によらなければできない手法ですし、それはそれで実証的であると言っていいのではないかと思います。もちろん、コーパスや実験で内省による研究を検証したり、補ったりする必要もありますが。

質問の答えになっているでしょうか?
Posted by ダイスケ at 2013年05月14日 23:38
丁寧なお返事ありがとうございました。
Andrea L. Berez and Stefan Th. Gries (2008) において、Raukko (1999, 2003) という内省的なものに依拠した意味論と経験基盤主義が同じようなものとして扱われており、introspective data = 経験基盤であると勘違いしておりました。

内省を排除して客観的なデータからクラスター分析などを行って多義性の解消を行おうと考えているのですが、メタフォロジカルなものを扱う際には主観的にならざるを得ないのでかなり難儀しております。
Posted by M.K at 2013年05月16日 00:31
先のコメント中、誤字がありました。
メタフォロジカルではなく、メタフォリカルでした。
すみません。
Posted by M.K at 2013年05月16日 12:57
お役に立てたようならよかったです。ただ、経験基盤主義と言っても、言語がどのような経験とどう結びついているのか、推測の域を出ないものもあるので、もっとそのあたりの実証も必要かとは思います。

Griesの論文は、いつくか読んだことがあります。GriesといえばCorpus-Based Approaches to Metaphor and Metonymyという本もありますが、そこではメタファーってどう扱われているんですかね。読んだことないのでわからないのですが。いずれにせよ、コーパスを使うなら、できるだけ形式的情報からデータを抽出できるように方法に工夫が必要ですよね。何かお力になれそうなことがあれば、また気軽に声をかけてください。
Posted by ダイスケ at 2013年05月17日 13:52
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