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2012年12月24日

マイク・タイソンの発言から考える英語のしくみ

I will take Lennox's title, his soul and smear his pompous brains all over the ring when I hit him.

1. はじめに
2002年、世界中のボクシングファンが待ち望んだヘビー級の頂上決戦が行われた。レノックス・ルイス対マイク・タイソン戦である。過激な発言が注目を集めるタイソンであったが、この試合の前にルイスに向けて言ったのが上記の一言である。今回は、この表現について考えてみたい。

考察にあたっては、タイソンの人間性や彼の生い立ちからアプローチすることも可能であろう。しかし、彼が英語話者であり、またその発言を理解するのも英語話者であるなら、この一言をタイソンという固有性を取り去った、ひとつの英文として捉えることも可能であるはずだ。そうであるなら、この一風変わった表現の意味から、英語話者に共有されている言語知識、英語のしくみの一端を考えるきっかけを得られるのではないかと思う。今回は、特にsmear his pompous brains all over the ringという部分に注目する。

2. 意味の多面性
I picked up the phone.(電話を取った)とThe phone rang.(電話が鳴った)におけるphoneはどちらも「電話(器)」に相当するが、前者では受話器、後者ではベル音に焦点が当たっており、その点では両者の指す意味は厳密に言えばずれている。しかし、両者は密接に結びついており、(1)のように言っても違和感がないように、同時に焦点が当たることもある。

(1) The phone kept ringing, but no one bothered to pick it up.(電話は鳴り続けたが、わざわざ電話を取る人はいなかった)

これと似た現象が上記でも起こっていると考えると、今回の表現からはどのような意味が読み取れるだろうか。

3. brainに着目して
まず、smear his pompous brains all over the ringという表現のうち、brainに着目しよう。brainは、焦点の当たる箇所により、物理的な臓器としての「脳、脳みそ」、またはその脳の活動に基づく「知力、知能」という意味をもつ。前者に焦点を当てた用法として(2)、後者に焦点を当てた用法として(3)などがある。

(2) The shot blew her brains out.(その一発が彼女の脳みそを吹き飛ばした)
(3) May I pick your brains?(知恵を貸してくれないか)

これを踏まえて、smear his pompous brains all over the ringを2段階に分けて考えたい。

3.1. his pompous brains
pompous「気取った、横柄な」は人間の態度・考えについて言及する語なので、この語に修飾されるbrainは臓器というより「知能」(というか「考え方」)に近い意味で用いられていると考えられる。

3.2. smear his brains all over the ring
smearは「塗りつける」という意味だが、 overと共に使われるときには、汚れたものを塗ることが多い(smear blood over the mirror 鏡を血まみれにする)。塗りつけるものが物理的なものであるとすると、このbrainは「脳、脳みそ」の意味であり、それは対戦相手を殴った(when I hit him)結果飛び散るもの(血のイメージとも重なる)であると考えられる。

3.3. 全体の意味
3.1と3.2を考えると、それぞれbrainの意味の別の部分に焦点が当たっており、それらが同時に活性化されていることがわかる。全体で「気取ったあいつの頭をかちわって、リングを血まみれにしてやろう」のような意味になるだろう。

4. 多面性と選択のプロセス
一見不思議に思えるsmear his pompous brains all over the ringという表現であったが、brainの意味を二段階に分けて考えれば、それが意味するところも判明する。このような二つの意味を同時に想起させる表現を用いた点にマイク・タイソンの独創性が見られる。しかし、今回説明したような語の意味に見られる多面性と、多面的な中からどの面が選択されるかが共に使われる語によって決まるプロセス自体は、例文(1)のphoneの用法でも確認したように、今回の例に特有のものではなく、様々な表現で見られる重要な英語のしくみの一部であり、英語話者の間で広く共有されているものだと考えられる。

学校の国語の授業で小説や俳句などを扱うときには、作者や登場人物がわかっていれば、できるだけその情報を考慮した上で作中の表現を扱うということが多いのかもしれないし、それがことばについて考える自然なアプローチだと思うかもしれない。しかし、そういった情報にできる限り依拠せず、当該言語にどのようなしくみが備わっているのかを考えることもできる。そいういったアプローチは、その表現そのものをより深く味わう上でも、その言語をよりよく理解する上でも重要だろう。

参考文献
(1)の例文およびその説明は、次の論文を参考にしている。ただし、言語学になじみのない人に伝えるという趣旨から、言語学の用語は基本的に使わずに説明した。

西村義樹. 2008. 換喩の認知言語学. 森雄一ほか(編). 『ことばのダイナミズム』 71-88. 東京: くろしお出版.
posted by ダイスケ at 23:08| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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