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2012年05月01日

教育実習生としての授業と講師としての授業

高校で英語を教えて3週間。教育実習のときと同じ期間やったことになる。

教育実習における授業と講師としての授業は、いろいろと異なる。お金をもらい、生徒を指導する責任ある立場なのだから違って当たり前なのだが、教育実習のときと同じく母校で教える上にそのときと同じ学年の授業をもつことになったこと、実習中の授業でもある程度は手応えを感じていたこともあって、当時の経験の延長線上に位置づたい気持ちもあったと思う。でも、授業を始めて1週間ぐらいで、教育実習のときとは違うものだと自覚するようになった。

違うことのひとつは、生徒との距離感である。実習では、先輩にあたる大学生がやってきたということで、生徒も珍しさや親近感を感じていろいろ話しかけてきたし、授業中も大学生がなんとかがんばっているのを見守るかのような雰囲気もあったように思う。しかし、今の自分はたくさんいる先生のうちの一人でしかないし、生徒も特別なお兄さんではなく、先生として接してくる。担当している授業が少ないこともあって、自分にとって生徒たちの存在が大きく感じられてしまうけど、生徒たちの生活にとっては一部でしかないというギャップは、特に最初のうちは感じたし、今も気をつけるようにはしている。もちろん、他の先生より若い分話しかけやすいといった側面はあるだろうが、実習のときとはまったく別の存在として見られているなと感じる。

教育実習ではホームルームの時間でも生徒と接することができたが、今は授業中にしか生徒と接しないので、授業以外の姿を見ることができないというのも違う。実習のときに、英語の授業ではおとなしいけど、普段はおしゃべりな生徒などがいたので、授業では見せない側面も本当はもっと知りたい。生徒の部活や好きな音楽などは把握したので、ちょっとずつ授業に生かしていこうとは思っている。

授業のやり方は、まだまだ模索している部分が多いけど、ちょっとずつよくなってきているかなあ。ただ、実習のときよりも英語そのものについては多少詳しくなったので、それは生かせていると思う。

ちなみに、教育実習のときも感じたけれど、職員室で他の先生方と一緒に働くようになって、生徒のときとは別の側面から自分の母校の魅力を見つけることができるようになった。生徒のときには気づかなかった先生方のよいところを見ることができるのは、講師として戻ってきた人の特権なのではないかと思う。
posted by ダイスケ at 02:44| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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