【ブログ紹介】
■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
■はじめての方はこちらへ

2011年12月04日

「いさぎ悪い」という表現を考える

先日、web上で「いさぎ悪い」という表現を見た。試しに、Googleで検索して見ると、よく聞くことばの間違いとして取り上げられることもあるようだ。

ぼくが「いさぎ悪い」を見ておもしろいと思ったのは、ちょっとおかしい表現だなと思うと同時に、その意味は十分理解できることだった。

「いさぎ悪い」という表現が用いられるのには、次のような推論が関わっているのだろう。

(1)「いさぎよい」という語を、「いさぎ」+「よい(良い)」と分解
(2)「気持ち良い」に対して「気持ち悪い」のような表現があるならば、「いさぎよい(良い)」に対して「いさぎ悪い」があってもいい

もちろん、「いさぎよい」は漢字を用いれば「潔い」となることからわかるように、「いさぎ」+「よい」という組み合わせから成り立つものではない。だから、日本語として間違いだと言うことはできる。ただし、同じような間違いだとしても、次のような間違いは絶対に起こりそうにない。

(3)「誇らしい」という語を、「誇」+「らしい」と分解
(4)「男らしい」に対して「男っぽい」のような表現があるならば、「誇らしい」に対して、「誇っぽい」があってもいい

「いさぎ悪い」はつい間違えて言ってしまう人がいたり、もし言われたら違和感を覚えつつも意味が予想できる(少なくともぼくにとっては)のに対して、「誇っぽい」は間違えることはなさそうだし、万が一言われたら意味がわからないだろう。一見すると(1, 2)と(3, 4)の関係は同じであるはずなのに。こうなると、「いさぎ悪い」が生まれる何かしらの要因があるのではないかと考えたくなる。

「いさぎよい」が誤って分解され「いさぎ悪い」を生む背景には、「往生際が悪い」という表現が関わっているように思う。辞書には「往生際」という項目があり、「あきらめるときの態度や決断力」などの意味が載っている(cf. 『明鏡国語辞典』)。「往生際が悪い」という形で用いることが多いが、「往生際が良い」と表現することもできる。そして、次の場合は、「往生際良く」と「潔く」が似たような意味を表している。

(5)私は、彼ほど往生際良くあきらめることはできなかった。
(6)私は、彼ほど潔くあきらめることはできなかった。

意味が似ていていることから、ことばの成り立ちの上でも似ている、つまり「往生際」と「良い」が結びついているように、「いさぎ」と「良い」が結びついているかのように感じても不思議ではない。そして、「往生際」が「悪い」と結びつきやすいことから、その類推として「いさぎ悪い」が生まれたのだろう。だから、このような分解によって生じる「いさぎ」という要素も、「往生際」のようなものとして存在しても悪くない気がしてくる。このような類推は、「潔い」という漢字表記がなかったらもっと広まっているのかもしれない。

実際、「いさぎのよい人」とか「素直に誤りを認めるなんて、いさぎがいいね」みたいな表現もGoogleで検索すると見つかるが、これも「往生際のよい人」「往生際がいい」のように「の」や「が」を挟んでいるあたり、「いさぎ」という要素が存在するかのように扱っていることを示唆している。

「いさぎ悪い」や「いさぎがいい」という表現は、本来「潔い」という単独の要素を分解してしまった結果生まれたという意味では間違った日本語である。ただ、このような間違いが、似た意味の表現に基づく類推から生まれたものだとしたら、その発想自体は非難されるべきものではないと思う。実際、そのような本来とは異なる分解が定着してしまった例もあるし(英語のapron(エプロン)は、a napronとして用いられたものが誤ってan apronとして分解され定着したもの)、ことば遊びの資源として用いられることだってあるのだから(「焼きたて!!ジャぱん」など)。

関連記事:
ジョナさん?(英語のエプロンや「焼きたて!!ジャぱん」の話)
タグ:日本語 誤用
posted by ダイスケ at 03:25| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。