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■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2011年05月21日

ことばを味わう

テレビ朝日「お願いランキング」という番組に「ちょい足しクッキング」というのがある。コンビニなどに売っている定番商品に意外な食材や調味料をちょっと加えてみると不思議とおいしい、というのを紹介するコーナーだ(本も出ている)。

「ちょい足し」がおもしろいのは、たまご+しょうゆのような当たり前の組み合わせではなく、「サッポロ一番しょうゆ味」+牛乳や「日清どん兵衛きつねうどん」+刺身など、一見ミスマッチのものが想像と違っておいしいというところにある。単なるふたつの味の組み合わせからは予測ができないような味が生まれるのだ。

ふたつの組み合わせが予測できないものになるという点では、言語にも同じような側面がある。次の(1)から(3)が指しているものは、いずれも「X焼き」という形を共有していながら異なる種類のものである。

(1)たまご焼き
(2)たい焼き
(3)たこ焼き

(1)はそのものずばり「たまご」を焼いたものだ。一方で、(2)は「たい」の形に似せて焼いたもので、実際に焼いているのは「たい」ではない。そうかと思うと、(3)では焼いているのは「たこ」というよりも「たこ」を中心とした材料である。「X焼き」の意味は「Xを焼いたもの」とは言い切れず、それが実際のところ何を指すか完全には予測できない。

さて、先ほど「ちょい足し」がおもしろいのは、味の予測ができない意外な組み合わせが紹介されるからだと書いた。では、たまご+しょうゆのような当たり前の組み合わせの場合、私たちは味が予測できているといえるのだろうか?たとえば、たまごにほんの数滴しょうゆを入れすぎただけで、私たちの舌の反応は「数滴分しょっぱくなった」ではなく、「しょっぱすぎて食べられない」となる。しょうゆの適量と入れすぎとの違いは、数値で表せば連続的なのに、味でいえば連続的とは言い切れない一面がある。

同じように、一番素直な組み合わせに思えた「X焼き」の例である「たまご焼き」も、そう単純ではない。たまごを焼けば何でも「たまご焼き」になるわけではなく、私たちはある特定の焼き方をしたものだけを「たまご焼き」と呼ぶ。そのため、たまごを焼いたが「たまご焼き」ではない(スクランブル・エッグなど)ということもありえる。「たまご焼き」も単なる足し算では捉え切れない意味を有しているわけだ。

そう考えると、なんだか料理とことばはとても似ているような気がしてくる。「意味」という語に「味」が含まれていることから、それは突飛な考えでもないのかもしれない。だったら、ことばを味わうということがあってもいい。これからも、自分がことばを味わうのはもちろん、このブログを読んでいる方々にそのおいしさを伝えていけたらいいなあと思う。
posted by ダイスケ at 02:41| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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