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2011年04月10日

英語学・英文学の新しい交流を目指して2:尊重、そして対話

前回の記事:
英語学・英文学の新しい交流を目指して:『英語青年』をきっかけに

前回は、『英語青年』という雑誌の休刊という話題をもとに、英語学と英文学の専門分化と新しい相互交流の可能性について書いた。

新しい協力関係を模索する上でのヒントは、『英語青年』の中にも見出すことができる。『英語青年』は「英語」の総合雑誌であることを反映した、英語学と英文学の接点となるような特集や英文科そのものを考える特集が組まれることがたびたびあった。たとえば、今世紀に組まれた特集だけでも、以下のようなものがある(英語学寄りではあるが)。

2001年4月号「特集:英語学のこれから」
2003年7月号「特集:英文読解と英語学」
2005年12月号「特集:認知とレトリック」

これらを読むと、ただ「英語だから」という理由だけで英語学と英文学が結びつくのは難しいにしても、新しい形の統合や学際的視点を追求していた方々がいることがわかる。紙媒体が休刊となり『Web英語青年』に移行した現在は特集が組まれなくなったので、もう新しい特集を目にすることはできないかもしれないが、上記のような特集から学ぶことは多いように思う。

また、文体論は、まさに言語学と文学研究を再び結びつけるために発展してきた学問である。言語学そのものでも文学研究そのものでもない間分野的な(interdisciplinary)学問のため、英語学の講義でも英文学の講義でも取り上げられる機会が少ないのかもしれないが、そのような実践をしている方もいるということだ。

文体論の論文も読んでいきたいし、学際的な研究の可能性は追求していきたいが、とりあえずは、すぐにそのようなことをしようとは思っていない。自分にもっとも相性が良いのは言語学だと思うし、それが自分にとってのホームのような気がするからだ。そのため、はじめに目指す協力関係は、言語学と文学を融合させた研究をするというよりは、この100年の間に両者が専門性を高め、発展させてきたことによる成果を尊重し、それを語り合うことにある。自分の分野の専門用語や問題意識が通じない相手との対話は大変なこともあるが、そうした交流の中で、両者は自分たちの専門が暗黙のうちに前提としてきた価値観に気づいたり、研究の範囲を絞るうちに抜け落ちてしまった視点を取り返すことができるのだと思う。それは、すぐに自分の研究に生かすことができなくても、10年後、20年後の自分に大きな力を与えてくれると信じている。

関連記事:
英語学・英文学の新しい交流を目指して3:実践者のことば
posted by ダイスケ at 21:41| Comment(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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