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2010年10月26日

グレーな文法

前々回の記事:日本語はあいまい?
前回の記事:「ご飯を食べたい」と「ご飯が食べたい」、「水を飲みたい」と「水が飲みたい」
新聞の売りは新鮮さだとしたら、1ヶ月以上も前の新聞記事について言及するのは野暮なことかもしれない。ただ、多くの人にとって当たり前のような存在であることばについて、わざわざあれこれ考えること自体がすでに野暮なことだとしたら、もはや気にすることでもないのかもしれない。

ということで、連載が終わってから、1ヶ月も経ってしまった「日本語のちから」(読売新聞朝刊)について前回の続きを書きます。

「ご飯を食べたい」とも「ご飯が食べたい」とも言うことができる。使い分けの法則性がわからず、あいまいなところが興味深い。前々回に紹介した芥川賞作家の楊逸(ヤン・イー)氏の記事にはそう書かれていた。

実は、楊逸氏の記事には、日本語検定の問題の紹介がセットになっていた。空欄を埋める正しいことばはどれかという問題である。ぼくにとって興味深かったのは、法則性がないという文章と、日本語の正誤を問う、つまり法則性に関わる(法則性がなければ正誤を問題にできない)文章が並んでいたことだ。

ここからわかることは、実は文法や語法というのは、正誤という形で白黒はっきりする場合と、グレーなものとに分かれるということだ。こういうときは、外国語の例を出したほうが分かりやすいかもしれない。

(1) John showed Mary a photo.
(2)John showed a photo to Mary.
(3)*John showed a photo Mary.

「ジョンがメアリーに写真を見せた」に当たる表現として、(1)と(2)は正しい英語だが、(3)は間違った英語とされる。(2)のto以外は同じ単語を用いているにもかかわらず、そのようなちがいが出る。これは正誤の問題。

一方で、(1)と(2)のちがいは、状況をより特定すると現れる(以下、詳しくは池上嘉彦『〈英文法〉を考える』を参照)。たとえば、両者の後に"... but she didn't see it because she was sleeping."と続けるとすると、(2)は自然だが、(1)は不自然になる。(1)のようにtoを伴わない形は、ジョンが見せた結果メアリーはそれを見たという意味合いが含まれる傾向にあるのに対して、(2)のようにtoを伴う形は、メアリーは見せるという行為の方向性を表すにとどまり、必ずしもメアリーが写真を見たということを意味しない。したがって、(1)はメアリーが見なかったという状況にはふさわしくないということになる。

ただし、(1)と(2)のちがいがいつも顕在化するとは限らない。たとえば、"I showed a picture to the man who sat next to me on the train.のような文では、(1)のような表現が選択できず(目的語が長くなりすぎる)、そのため両者の区別を表すことができない。このように、(3)が正誤の観点から白黒をはっきりさせることができる一方で、(1)と(2)のちがいはかなりグレーなものである。

同じように、「ご飯を食べたい」と「ご飯が食べたい」の「を」「が」にもちがいがあるのだといえるだろう。そこにもグレーな形での法則性は存在しており、場合によってそのちがいが顕在化するのである(前回の記事で見たように)。

ほとんどの人にとっては、文法といえば正誤が問えるようなものかもしれない。しかし、単純に正誤では片付かないが同じではないというものも、文法の一部であるはずだ。それは使い分けに気づいていないとしても、無秩序ではない。正誤はたしかに重要な側面ではあるが、ときとして息苦しい。グレーな文法は、なんだか人間らしさを感じられる部分のような気もする。

楊逸氏は「法則性がなくて、あいまいなところ」と表現しているが、「『を』と『が』はどういう場合に使い分けるのか」と言っているように、実際にはその微妙なちがいに興味をもっているのだといえる。英語の(1)のちがいがおもしろいと感じられたなら、同じように日本語にも興味をもってみませんか?

参考文献
池上嘉彦. 1995. 『〈英文法〉を考える』 ちくま学芸文庫.
posted by ダイスケ at 08:21| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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