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■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2010年09月22日

日本語はあいまい?

読売新聞の朝刊にて「日本語のちから」という連載が始まった。
第1回の記事は、芥川賞作家楊逸(ヤン・イー)氏によるもの。
タイトルは「あいまい だから面白い」であり、次のように書いてあった。

特に、法則性がなくて、あいまいなところが興味深い。「田中さんが中田さんになると『なかだ』と濁る場合もある。『だなか』と濁ることはないのに」「ご飯を食べたい、ご飯が食べたい。『を』と『が』はどういう場合に使い分けるのか」―日々の生活で突き当たる疑問に、日本語の奥深さを感じている。
楊逸「あいまい だから面白い」『読売新聞』朝刊, 2010年9月20日.

この文章を読む限り、楊逸氏にとって日本語があいまいなのは法則性がないからということらしい。これは、日本語に外国語として接した人の個人的な感想である。だが、「日本語はあいまいである」というのは、単に外国人の印象としてだけでなく、日本人自身の心理にも受け入れやすい意見なのかもしれない。

英語の場合、「ジョンがメアリーに写真を見せた」に当たる表現として、(1)のように二通りの言い方がある。「同じことを言うのにtoを使ったり使わなかったりして、法則がはっきりしない。英語はあいまいである」という主張をしてもよいはずだ。

(1)
a. John showed Mary a photo.
b. John showed a photo to Mary.

もし、「日本語に法則性がなくてあいまいである」という意見に納得がいったのに、同じような理由で「英語に法則性がなくてがあいまいである」とする意見に違和感を感じるとすれば、不思議である。
そのような人にとっては、「日本語があいまいである」という結論が先にあって、それに見合うような証拠を探しているだけなのかもしれない(逆にいえば、英語に似たような現象があっても「英語があいまいである」とは思っていないので、それに気づかない)。

次回は「ご飯を食べたい」と「ご飯が食べたい」の表現に注目して、「日本語はあいまいである」という意見を考えてみる。

続編:「ご飯を食べたい」と「ご飯が食べたい」、「水を飲みたい」と「水が飲みたい」グレーな文法
ラベル:構文交替 日本語
posted by ダイスケ at 15:45| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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