【ブログ紹介】
■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2011年07月31日

101回目です

今回の記事が101回目です。ブログを始めたときは、どれくらい続きそうかなんて考えていなかったし、ただ思いつくままに記事を書いていたのですが、期間にすると2年半ぐらい、100回以上記事を書いたかと思うと、感慨深いものがあります。

ブログの感想を直接伝えてくださったり、コメントを書き込んでくださったり、twitter上で反応してくださったりした方々はもちろん、GoogleやYahoo!で検索していらっしゃる方も多くて、いろんな方々に見ていただけているようで、本当に感謝です。どうもありがとうございます。

ぼくは、大学では言語学・英語学を勉強しているのですが、そのことを人に話しても、「じゃあ、語源詳しいの?」「英語ペラペラ?」みたいな反応が多かったので、歴史とか運用能力以外の形でも、ことばについて考えることができることを知ってもらえたらなと思って、それがブログを始めるきっかけでした。

ただ、言語学の紹介みたいなブログにはしたくないなあって。まず、自分自身がそんなに言語学に詳しいわけではないというのもあるけど、それ以上に、ぼくがことばについて考えたりするようになったのは、言語学が始まりではなかったからです。

日本語の「いる」「行く」「来る」は、なぜ尊敬語になるとまとめて「いらっしゃる」になるのか。英語のIt rained yesterday.のitは一体何か。「地面を掘る」と「穴を掘る」、前者は地面が掘るという行為の対象なのに、後者は掘るという行為の結果できるもので、種類がちがうのになぜどちらも同じように「-を」の前にきているのか。こういう疑問は前からもっていて、どうも言語学という学問があるらしいと知ったのは、その後のことです。

だから、言語学を学ぶときの根底にある興味みたいなものを文字にする方が、自分に素直な気持ちでやっていけるんじゃないかなと思って、素朴な疑問や自分の実際の体験をもとに記事を書く形にしました(「言語学の紹介」のカテゴリだけは別ですが)。そうした思いでブログの記事を書くことは、ことばについて考えるおもしろさを紹介すると同時に、なぜ言語学を勉強しているのかを自分自身に問い直すような営みにもなっていたような気がします。そういう意味で、このブログは自分の大学での研究と表裏一体なのかもしれません。

趣味でありつつも、ちょっと真面目に、でもタイトルは「大学芋」で肩肘張らないブログとして、これからも続けていけたらいいなあと思います。今後もよろしくお願いします。
タグ:日記
posted by ダイスケ at 23:59| Comment(2) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

「上り坂」と「下り坂」

「東京には坂が多いけど、上り坂と下り坂はどちらが多いでしょう?」というのは答えることのできない質問である。なぜなら、同じ坂でも、下から見るか上から見るかによって、「上り坂」とも「下り坂」とも言えてしまうからだ。つまり、「上り坂」と「下り坂」の違いは、坂をどのような立場から捉えるかにある。

同様の例は、(1-4)においても見られる。

(1)明けの明星
(2)宵の明星
(3)コップにジュースがまだ半分ある。
(4)コップにジュースがもう半分しかない。

(1)と(2)はどちらも「金星」を指すが、それを朝見るのか、夕方見るのかが異なる。(3)と(4)はともに、同じ量のジュースについて言及しているが、(3)ではそれを肯定的に捉えているのに対して、(4)では否定的に捉えている。

以上の例から、ことばの意味は何を指示するのかだけでなく、その捉え方をも含んでいることがわかる。捉え方が異なれば、言語表現も異なる。このように捉え方を重視した言語研究を行っているのが、言語学の中でも認知言語学と呼ばれる分野である。そんなところに魅かれて、ぼくは認知言語学をはじめとした言語学をもっと勉強したいと思った。

上記の例は、認知言語学の入門書でよく取り上げられるおなじみの例なのだが、これはことばの話に限ったことではない。次第にそう思うようになった。

人生は、しばしば坂を登ることにたとえられる。坂を登り、今よりも高い位置へ行くことは、困難を乗り越え、成長することだと言われる。入学や就職における試験は、登るのが大変な坂である。そのような坂を目の前にしたとき、自分が登るべき坂がとても高いように思える。また、とても優秀な人に接すると、その人が登った坂の高さに比べて自分はなんと低い位置にいるのだろうと感じることもある。坂の頂上は霧がかかり、その道は果てしない。あとどれくらい登ればいいのか、そもそも自分には登れるのかと不安になる。

しかし、同じ坂が、捉え方によって「上り坂」に見えたり、「下り坂」に見えたりするように、人生という坂だって、見る角度を変えれば違う風景が見えるのではないだろうか。ちょっと後ろを振り向いてみれば、登っているときには目に入らなかった緑の美しさに気づく。遠くに見える街の姿から、自分が案外高いところにまで登ってきたのだとわかる。あるいは、その道中であいさつを交わした人のことを思い出すこともあるかもしれない。そうすると、もうちょっと登ってみようかという気持ちになる。

物事の捉え方はひとつではない。同じ物や出来事であっても、今見える姿がすべてではない。じゃあ、別の角度から見てみよう。そんな発想を、ぼくは言語学から学んだ。そして、それは言語研究の方法を学ぶ以上に、大切なことかもしれないと思う。
posted by ダイスケ at 12:04| Comment(2) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする