【ブログ紹介】
■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2011年03月22日

地震から10日経って

地震から10日経過。あれからたびたびの余震はありましたが、ぼくのまわりでは大きな被害はなく、無事に過ごしています。
ただ、学会や研究会などはみな中止か延期になってしまいました。

あれから、自分にできることや生きる(生きている)意味を考えたりしました。
今すぐできることはわずかながらの募金をすることぐらいでしたが、将来は何らかの形で、特に人文科学を学ぶ自分なりのやり方で力になりたいと思います。

このときに感じた思いを大切に、生きていこう。
タグ:日記
posted by ダイスケ at 02:12| Comment(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

東日本の大地震

東日本で続いた地震。被害の状況が次々と報道されていますが、一人でも多くの方が助かることを願います。

ぼくは11日の地震があったときは東京の大学にいました。けがなどもなく大丈夫です。安否の確認の連絡をくれた方は、ありがとうございました。

今回は、自分自身のためのメモという意味も込めて、11日から12にかけての出来事を書いておきます。

―11日―
15時ごろ
■15時から大学で英語教育に関する勉強会を開催する予定。待ち合わせ時間直前に地震発生。少しずつ揺れ始め、次第に激しく。震度5強。
■大学内の人や校舎に特に被害はなかったものの、大学から見える位置にある工事中のビル屋上のタワー式のクレーンが激しく揺れ落ちてきそうになったのを見て、ただ事ではないと思った。
■待ち合わせ場所に到着。勉強会メンバーと会う。この時点ではそれほど深刻な認識をしておらず、勉強会は行うつもりで、しばらくして教室に移動。再び揺れ、校舎から出る。大学側から校舎に入らないように注意が入る。
■勉強会は中止することに。しかし、電車がどれも動いていないということがわかり、メンバーはそのまま大学に残る。

16時ごろ
■とりあえず、揺れは大丈夫そうだと判断。大学の中では図書館が開いていたので、勉強会のレジュメを印刷。配布するだけ配布。一応大まかな話だけでもしようということで、青空勉強会開始。
■校舎に入ってよいとのことなので、校舎の中へ。何かあってもすぐに出れるところに座る。
■勉強会再開。

17時ごろ
■大学による交通情報のアナウンスなどに注意しつつ勉強会継続。
■帰宅困難者待機用に教室が開放され、教室へ移動。

18時ごろ
■勉強会を一通り終える。このような状況だったが、メンバーの方々には楽しんでいただけたようだ。
■大学から非常食としてクラッカーと水の配布。おなかがすき始めていたので助かった。
■家族は家に帰れたとメールを受信。

19時ごろ
■コンビニで食料調達。パン、おにぎりなどは売り切れ。わずかに残ったカップラーメン(辛い味のものだけ残っていた)を購入。
■大学にいた先輩、後輩、友達が同じ教室に集まる。知っている人といっしょにいるのはとても心強い。

20時以降
■みんなでおしゃべり。買い出しに行く人も。
■ずっと電話もつながりにくく、メールの送受信もスムーズでなかった。パソコンのメールで弟とやりとり。電車が動かないので大学に泊まることに。

―12日―
3時ごろまで
■パソコンで被害状況を見る。ラテン語や古英語(1000年近く前の英語)の勉強をする友達を見て、自分もちょっと英語の勉強。
■地下鉄は動き始めたようだが、混雑してそうだし乗っている間に揺れたら困ると思い、とりあえず待機。

4時ごろ
■フランスに留学中の後輩から心配のメール。世界的にも報道されていることを知る。
■Ustreamでニュースを見る。長野・新潟のほうでも地震があったというニュースが入る。
■その後しばらくは、数分おきに地震の速報。どこかしらで震度3以上の地震があることを知る。
■緊急地震速報(これからくる地震の警告)があり、関東にも地震がくるとのことだったので、警戒。常に逃げられる準備をする。
■音量を大きくしてUstreamのニュースをみんなで聞ける状態に。

5時ごろ
■緊急地震速報が何度かあるも、結局は大きな揺れはこなかった。

6時ごろ
■ニュースは地震の速報よりも被害の中継が中心になる。
■家族に電話。家族はぐっすりと寝ていて、長野の地震のことは知らなかった。

7時ごろ
■とりあえず大丈夫そうなので、地下鉄で帰ることに。
■JRとちがって地下鉄の運転再開からはだいぶ時間が経っているはずだが、駅には人がいっぱい。電車内混雑。

8時ごろ
■無事帰宅。自宅の被害は最小限。部屋の本は意外と倒れていなかった。

9時ごろ
■ずっと起きていたので、やっと寝る。

その後は、ごはん食べて、報道見て、といった感じで一日を過ごし、今日に至ります。その間、小さな揺れはたくさんありました。いつでも避難できるような準備をしていましたが、今は大丈夫そうです。

11日は、勉強会をやってよかったなと思います。実はこのとき初対面の人も多かったのですが、これによりメンバー同士も打ち解けたかと思います。その後、朝まで時間を共にしたわけですが、勉強会という時間を共にしたメンバーといっしょだったおかげで、精神的な負担も少なかったと思います。勉強会後には他の友達や先輩も合流して、教室は何かの合宿のような不思議な空間になりました。

12日の午前4時からパソコンでニュースを見ていたわけですが、ニュースを流し続けたことでかえって教室のみんなを不安にさせてしまったかもしれないなと思いました。他の教室よりも暗い雰囲気になっていたように思います。みんなの疲れもたまってきたところだったので、ニュースを見ずに必要以上の緊張がないほうがよかったのかなあとも。電車の運行情報などは最新のものがすぐに知ることができたし、緊急地震速報通りには地震がこなかったからこそ言えることですが。

とりあえず、ニュースばかり見ていても心が休まらないので、今日(13日)の午後から、意識的に勉強、研究をするようにしています。明日は予定通り塾のアルバイトはありますし、この状況下で自分にできることを考えながら少しずつ日常も取り入れていきます。
タグ:日記
posted by ダイスケ at 18:05| Comment(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

ゆるーく忙しい

今年に入ってから、毎週のように何らかの締め切りがある気がする。塾の冬期講習と大学院の授業の発表を同時並行でこなした後に、学会関係の締め切り、授業のレポート、大学院生同士の勉強会で発表担当、また学会、みたいな感じで。

社会人とちがって、春休みに入ってからは決まった時間にやらなければならないことはあまりなくて、一日の過ごし方はまあまあ自由(だからブログも更新できる)。毎日慌ただしいわけではないのでそのへんはゆるいけど、締め切り前は必死。春休みの時間があるときに読んでおきたいものとかあるけど、なんか目の前のことこなしていくうちに春休みが終わりそうだなあ。

でも、自分の考えたことを発表できる場があること、発表を聞いてくれたり論文を読んでくれたりする人がいるということは、とても幸せなことだなと思う。この幸せを噛みしめて、がんばっていきたい。
タグ:日記
posted by ダイスケ at 01:25| Comment(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする