【ブログ紹介】
■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
■はじめての方はこちらへ

2010年08月28日

英語の歴史

およそ1500年にわたる英語の歴史をた辿ってみると、それはまさに波乱万丈の物語である。(p. i)
寺澤盾. 2008. 『英語の歴史:過去から未来への物語』 中公新書.

英語が好きで、さらに歴史が好きならば、英語の歴史、つまり英語史はきっと楽しいと思う。
英語史は英文科には必ず設置されている科目で(必修ではないかもしれない)、英語史の本というのもたくさんある。その中でも、本書『英語の歴史』は、現代英語との関連を意識したうえで英語の歴史を語っていく点が親しみやすい。

一般的な英語史の本では、古代の英語(古英語)から現代英語の特徴がほぼ出揃った近代英語を概観して終わりだが、本書は国際語としての英語、差別撤廃運動における英語など、まさに現代の英語についての話題が多いのが特徴だ。

また、英語が日本語から取り入れた語彙についても扱っている。たとえば、「大君(たいくん)」はtycoonとして英語に取り込まれ、現在はoil tycoon(石油王)などの用法がある。日本語ではもはや日常的に使わない語が、意外な形で生き延びているものだ。karaokeは動詞としても用いられ、Yesterday I karaoked all night long.(昨日は一晩中カラオケで歌った)のように使うことも可能だそうだ。karaokeが過去形になっているのはなんだか不思議な感じがする。

個人的に興味を引かれたのは発音や文法面での記述。
英語の代名詞はIに対してwe(一人称)があり、he、she、itに対してthey(三人称)があるというように複数形があるが、youだけはない。かつては二人称にも単数形thouと複数形yeがあり、シェークスピアも使い分けていた。その単複の区別がなくなる過程もおもしろいが、二人称の複数形が一部方言で復活しつつあるというのもまたおもしろい。you all(縮約形y'all)やyou guys、you peopleなどがそれで、将来標準英語にも取り込まれることもあるかもしれないとのこと。このように、過去から現代だけでなく、未来への言及があるのが新鮮。
他にも、発音の変化や助動詞の意味の変化、疑問文にあらわれるdoが登場する過程などなど。

実はけっこう専門用語が登場するのだが、具体例を絡めながら無理なく説明されるのであまり気にならない(ただし、発音の部分は音声学の知識なしだとちょっとつらいかもしれない)。新書のわりには英語史年表、文献案内、索引など充実しているので、ちょっと興味がわいた人から英語史の授業の補助として使いたい人まで、幅広くおすすめ。

1500年分の歴史に触れてみると、英語が今とは別の形になっていた可能性があったことがわかる。それは身近な人の普段見せない意外な一面を見るようでおもしろい。

英語の歴史―過去から未来への物語 (中公新書)

英語の歴史―過去から未来への物語 (中公新書)

  • 作者: 寺澤 盾
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/10
  • メディア: 新書


posted by ダイスケ at 01:00| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

サンプルとしての言語

塾で英語を教えていて、授業が単調になってしまったかな、ちょっと仕切り直しが必要かなと思ったときには、例文の内容についてコメントすることがある。

たとえば、John loved Mary.という例文があったとき、「あぁ、じゃあ今はJohnはMaryのことを愛していないんだね。Johnは今ごろ、昔はよかったなあと懐かしんでいるのかもしれないね」のように。生徒によっては(そのときのコメントのセンスにもよるが)、クスッと笑ってくれて授業のアクセントになる。

語学では、例文はあくまでその言語を学習するためのものであって、何かその文そのものにメッセージ性があるわけではない。例文はあくまで「例」(あるいはサンプルと言ってもよい)であって、何かを伝えるためにだれかが言ったり書いたりしたものではないのだ。だから、John loved Mary.という例文のJohnがだれなのかわからなくても気にしない。

これは、語学における例文はコミュニケーションの中に位置づけられたものではないことを意味する。だからこそ、その文の内容に気を取られないで(?)、文法や語法などに注意を向けることができる。

だが、これは私たちが普段言語に対してもっているような関心とはちがう。普通ならば、Johnがだれなのか、JohnはMaryとはどのような関係なのか、だれがどんな場面で言ったセリフなのかということが気になるはずだ。その意味で、語学の勉強においては、言語をサンプルとして扱うという特殊な前提をもっているといえる。

冒頭に挙げた例文の内容に対してコメントするというのは、教える立場なのに暗黙の前提に背いていることになる。生徒がおかしいと思う理由のひとつは(おかしいと思ったとして)、ここにあるのではないだろうか。

外国語を勉強していてどこかストレスがたまるとしたら、このような前提を押しつけられていると感じているからかもしれない。生徒を笑わせられるかどうかはともかく、このような関心のずれについて認識しておくのは重要だと思う。

参考文献
Widdowson, H. 2007. Discourse Analysis. Oxford University Press.
タグ:英語教育
posted by ダイスケ at 01:21| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

見えなくても、聞こえなくても、大切なものはある

言語は、ある意味では、耳で聞くことも、目で見ることもできない側面をもっていると言ったら驚くだろうか。

英語の例を考えてみよう。
英語でdogの複数形はdogs、catの複数形はcatsである。ここで重要なのは、英語話者はdogの複数形とcatの複数形を別々に記憶しているわけではなく、どちらも最後に-sをつければ複数形になるということを知っているということだ。
つまり、dog、catという具体的な単語というよりも、抽象的な〈名詞〉という単位に対して-sを加えるというルールを知っているのだ。
言語は無秩序ではなくある種のルールがあるのだが、それはそのように抽象的なレベルで働くのである。次の場合も同様だ。

(1)
a. He knows the story.
b. He knows the sad story.
c. He knows that she died.

これら3つの文は、単語の数もちがい、見た目がちがうのにも関わらず、いずれも(2)のように言い換えることが可能である。

(2)He knows it.

つまり、英語話者はthe story、the sad story、that she diedは何かの点で同じであると感じているはずだ。そして、それは〈目的語〉と呼ばれる単位でまとめることができるのである。

ここで私たちが問題にしているのは、単語の長さや単語の数といった目や耳で確かめられるものではなくて、〈名詞〉〈目的語〉といった抽象的な単位である。そうであるとすれば、単語の数が少ない文は易しい、多い文は難しいとも限らないことになる。
逆にいえば、単語の数は長くて一見複雑でも、〈目的語〉などの抽象的な単位からしてみれば単純な文、単語の数が少なくても実は複雑な文というのもありえることがわかる。

英会話の本では、『ネイティブならだれでも知ってる簡単フレーズ』のようなタイトルのものがある。そうした本には「短くてやさしいフレーズを使って、英会話を学ぼう」などと書かれていたりする。
短くても便利なフレーズもきっとあるだろうし、それの応用範囲が広いならばどんどん覚えてよいと思うし、それも学習法のひとつとしてありだ。

しかし、単語の数が少ないから簡単だ、長い文は難しくてダメと思うならば、言いかえれば、目や耳で直接感じることのできるものだけに頼っていたら、それは危うい。
言語は抽象的な単位を利用しているということに気づき、その上で必要そうなフレーズがあるならそれを取り込んでいくという柔軟性が大切だろう。

参考文献
Isac, D. and C. Reiss. 2008. I-Language. Oxford University Press.
タグ:英語教育
posted by ダイスケ at 04:47| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

ドイツ語のおすすめ参考書

8・9月は大学院も夏休み。
夏休みといえば、大学院の入試をやっているところも多いのではないだろうか。
そういう自分も去年の夏休みは受験勉強中だった(受かったのは3月だけど)。

うちの大学院は第二外国語も必要で、英語だけでなくドイツ語もけっこう勉強した。入学してからはなかなか勉強できていないが、ドイツ語学習の情報は少ないと思うので、今回はドイツ語の参考書を紹介します。

ちなみに、これまでに取り上げたドイツ語の本は以下の通り。
『ドイツ語のしくみ』
『ゼロから始めるドイツ語チェックテスト』
『はじめてのドイツ語』


新・独検合格 単語+熟語1800

新・独検合格 単語+熟語1800

  • 作者: 在間 進
  • 出版社/メーカー: 第三書房
  • 発売日: 2010/04
  • メディア: 単行本



ひょっとしたら、実際上は語彙の方が文法規則より重要かなと思うことがあります。文法規則は、語句と語句の関係で、したがって単語の意味がわからなくては、どんな文法関係があるのかも知りようがないからです。(p. 3)
左ページに単語と意味、右ページに例文という見開きの構成。
オーソドックスなドイツ語の単語集だが、意外にこういう普通の単語集が少ない(名詞の項目だけ例文がないのが残念)。単語と意味が載っているだけだったり、旅行の時に使うための単語集はけっこう発売されているんだけど。
独検4・3級用の単語集だが、要するに基礎語彙が載っているということなので、ドイツ語をしっかり勉強したい方で、単語集を探している方はぜひどうぞ。例文を吹き込んだCDもおすすめ。
ぼくが使ったのは2004年に出た版のものだけれど、今年改訂版が出たみたいなので、リンクはこっちを張っておきます。


ドイツ語の小説を読む〈1〉ベル:きまぐれな客たち

ドイツ語の小説を読む〈1〉ベル:きまぐれな客たち

  • 作者: 佐藤 清昭
  • 出版社/メーカー: 三修社
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 単行本



この本は、ドイツ語の初級文法を一通り終え、「さて、次のステップは?」とお考えの方が、手にとってくださることを思って書きました。(p. 3)
ある程度文法も単語も覚えて初級のレベルが終わったときに困るのが、中級のちょうどよい参考書がなかな見つからないことだ(これはドイツ語以外の外国語でもいえるのではないかと思う)。そんなときにこの本はぴったり。ドイツのノーベル文学賞作家ハインリヒ・ベルの短編小説が丸ごとひとつ入っている。
本文は5-10行ごとに文法・語法の解説と訳文がつけられ、それが見開きになっている。解説は丁寧で、文法を学んでいるときには例文が短かったりであまり問題にならないが、実際のリーディングの際には注意すべきこと(接続詞が導く副文や長めの名詞修飾語句の構造など)がよくわかる。
小説の内容そのものもおもしろく、文法・語法もしっかり確認できて、とても好感のもてる参考書。CD付なのも便利(その分ちょっと値が張るけど)。続編の『ドイツ語の小説を読むA』もある。


独文解釈の研究

独文解釈の研究

  • 作者: 阿部 賀隆
  • 出版社/メーカー: 郁文堂
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: −



ドイツ語の文を読む際の一つの方向だけは、本書を通じて十分に得られると確信いたします。(p. ii)
見開きで5-10行ほどの独文に対して単語と解説(毎回メインとなる文法事項あり)。それが120回分と練習問題18題でかなりのボリューム。
語彙のレベルも高く、解説も多くないので、すでに初歩的な解説は不要な人向け。出てくる文章の文体も硬いが、だからこそ大学院の入試には向いている。(出典は書いていないが、文章のひとつに「この文の筆者H. Hesseの原著では...」という説明があるので、そういうレベルのもの)
昔ながらの語学参考書で力をつけたいという人には最適。
タグ:ドイツ語
posted by ダイスケ at 22:38| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

ことばについて考える3:ことばの不思議への招待

前々回の記事:ことばについて考える1:語学と言語学
前回の記事:ことばについて考える2:辞書と言語学
(今回の記事を書くにあたり、それぞれ加筆・修正しました)

2回にわたって、言語学ではどんな関心をもって言語を眺めているのかを書いてみた。これを読んでいただいた方は、どんな感想をおもちになっただろうか。

だれでも自分の母語については、使いこなすことができる。
ここでいう「使いこなす」とは、口が達者ということではない。どんなに口下手な人でも、それは伝えたいことがうまく表現できないということで、文法的にまちがった表現を使ってしまうということではない。「大きなお世話」と言おうとして「大きいお世話」と言ってしまったりすることは、基本的にはないのだ。「彼は悲しい」と「彼が悲しがっている」のどちらを使えばいいかわからないということも、おそらくない。

それはつまり、言語にはなんらかの仕組みがあって、同じ言語の話者はそれを共有しており、それに基づいて言語を使っているということを意味している。そして、ある言語を使うことができるからといって、その言語の仕組みについて説明ができるとは限らない。したがって、その仕組みを明らかにするのが言語学だといえる。

ここ2回の記事でやたらと「言語学」と言ってきた。その理由は自分が勉強している言語学がどのようなことをしているのか知ってもらいたかったからだ。だが、ことばについて考えることは、言語学の専門知識がなくてもできる。その気になれば、いくらでもことばの不思議を見つけることができる。

英語にも敬語はある?

英語の冠詞については丸暗記しかない?

「冷やす」と「冷ます」の意味のちがいは?
英語のsearchと日本語の「さがす」は同じ?
英語のhelpと日本語の「手伝う」は同じ?
「お湯を沸かす」っていうけど、実際に沸かしているのは「水」なのでは?

普段の生活をしていて、あるいは外国語の勉強をしていて、ここに挙げたような素朴な疑問がわいたことがなかっただろうか。それは、生活の中で、学習が進むにつれて、とりあえず受け入れるしかなかったかもしれない。だが、当然のこととして受け入れていたものが、よく考えると当然と言えるほど単純ではないと気づくこと、そして、それならどのような仕組みが働いているのかと考えることは、とてもスリリングな営みなのだ。言われてみればそれは不思議だ、そういえば自分もそんな疑問をもったことがあった、そういう方々が、ことばについて考えることのおもしろさを感じてもらえれば幸いです。
posted by ダイスケ at 00:41| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

ことばについて考える2:辞書と言語学

前回の記事:ことばについて考える1:語学と言語学

前回は、語学と対比することで、言語学は言語をどのように捉えるのかをみてみた。今回は辞書を話題にして、言語学的な関心について考えてみよう。日本語でも外国語でも、辞書があれば、ことばの意味や使い方はすでに十分明らかにされていると思われているかもしれない。しかし、必ずしもそうではないのである。

「悲しい」と「悲しがる」という語を例に考えてみよう。辞書を引けば、形容詞「悲しい」がどのような感情を表すかが載っている。また、「-がる」という接尾辞は、形容詞などの語幹につくこと、そしてその形容詞で表された気持ちや様子を外に見せることを意味するのがわかる。なお、「悲しがる」という語そのものは、辞書の見出し語にはなっていない(『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』には載っていなかった)。

それがわかれば、「悲しい」と「悲しがる」については、(どんなときに悲しい感情になるかはなかなかに難しい問題だとしても)、辞書の記述としてはこれで十分のように感じる。しかし、私たちは「悲しい」と「悲しがる」についてもっと多くのことを知っている。

(2)
a. 私は悲しい。
b. ??彼は悲しい。

(3)
a. ??私は悲しがっている。
b. 彼は悲しがっている。

日本語話者からすると、(2b)のように「彼」のように他人(一人称以外)を主語にすると不自然に感じられる(??はきわめて不自然な表現を表す)。他人の悲しさについて言及する場合、(3b)のように「悲しがる」を使うのがふつうである(逆に(2a)は不自然)。「悲しい」と「悲しがる」という語の使用において、これらは重要な情報であるが、辞書には書いていないのである。

(2b)のように、他人がどのような感情をもっているのかをわかっているかのような表現は、日本語では避けられる。それを知らなければ、「悲しがる」という表現の存在意義を(少なくともその一部は)理解したことにはならないのではないだろうか。

なお、日本語の感情・感覚を表す形容詞の場合、基本的に「悲しい」と「悲しがる」にみた使い分けが当てはまる。
英語ではI am sad.もHe is sad.もどちらも問題ないことを考えると、日本語でも「彼は悲しい」という言い方ができてもよさそうな気がする。なぜ日本語で(2)が不自然なことは追求してみるべき問いだといえる(はっきりした答えが出るかどうかはともかく)。

語や文法はただ覚えればいいだけのもので、辞書、あるいは文法書は絶対的なものだというイメージが強いかもしれない。しかし、日本語でも英語でも、辞書にも文法書にも書いていないような(あるいは、書いていることに反するような)ことがいっぱいある。言語の実態を記述し、なぜそのようになっているのかを説明するのが言語学なのだ。

続編:ことばについて考える3:ことばの不思議への招待
posted by ダイスケ at 05:21| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする