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■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2010年02月12日

借りたのか、借りていないのか? ― 言語ごとの微妙なちがい

いきなりだが、次の文を見てほしい。

(1)
a. *John helped Mary solve the problem, but she was not able to solve it.
b. ジョンはメアリが問題を解くのを手伝ってやったが、彼女は解けなかった。

一見問題のなさそうな(1a)の英語はおかしな表現だ(*は許容されない文であることを示す)。
なぜかといえば、helpという動詞は単になにかの行為を助けるだけではなく、助けたためにその行為を達成したことまで含意しているからだ。
そのため、英語話者からすると、(1a)は前半と後半が矛盾していると感じられるようだ。

このように、英語の場合は行為の結果までが動詞の意味の一部となっているのに対して、日本語ではその結果までは問題とならないというケースは多い。

(2)
a. *John persuade Mary to come, but she didn't come.
b. ジョンはメアリに来るように説得したが、メアリは来なかった。

(3)
a. *Mary drowned, but she didn't die.
b. メアリは溺れたけど、死ななかった。

このことから、池上嘉彦氏は英語の動詞は〈結果〉中心であるが、日本語の動詞を〈行為〉中心であると述べている。
(『〈英文法〉を考える』を参照。例文もここから。興味をもった方は第II章「〈意味〉と〈文法〉」を見てみてください)

これは英語と日本語の話だったが、中国語はまた事情がちがうようだ。
最近中国出身の大学院生の方とお話する機会があり、次のような話を聞いた。

日本語で何かを「借りる」といえば、目的のものをそれを受け取るところまでを意味しているが、中国語はそれを受け取っていなくても「借りる」に相当する表現をすることができる、と。
たとえば、図書館に行って、本を探したが目当ての本がなくてそれを手にすることができなかった場合でも、中国語では「借りる」に当たることばを使うことができるらしい。

日本語では受け取っていないと「借りた」ことにならないと言うと、日本語でいえば借りていないときまで「借りた」と言ってしまったかもしれないとその大学院生の方は言っていた。

この話を聞いて、自分も英語を使うときは、実際よりも行為をやりすぎていることになっているかもと思い、池上氏の話をより実感することができた。
ちがう言語の話を聞くっておもしろい。

参考文献
池上嘉彦. 1995. 『〈英文法〉を考える』 ちくま学芸文庫.
posted by ダイスケ at 02:02| Comment(5) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする