【ブログ紹介】
■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
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2009年11月29日

より一層の気合を入れて

今回は、最近の心に残った話の紹介。
今身につけた力で、これから40年間働いていくことになるんだ。だから、今しっかり勉強しておきなさい。
― 言語学の教授の話

勉強するためには友だちと遊ぶ時間を減らす必要がある。前にこの話を聞いたときには、それだけ友だちがいることがうらやましく思えたが、来年から働くことになり仕事のための勉強をしたくなった今、それが実感できる。
― 大学の先輩の話

大学時代に本当に必要なのは、知識というよりも知識を得る手段、語学力だ。大学卒業後も常に新しい知識を取り込んでいかなくてはならない。そのときに、外国語の本を一日で読めるか一ヶ月で読めるかで得られる情報の総量は大きく変わる。
― 大学の後輩が美術史の教授から聞いた話

最近、高校のときの同級生と会い彼らの働きぶりを聞いた。
やはり、自分の力でお金を稼ぐというのはすごいことだ。
お金を稼げるようになるまでの充電期間として「今」を見直すと、上記の3つの話も一層身に染みてくる。
ラベル:日記
posted by ダイスケ at 01:59| Comment(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

英語のoverとunder

メタファー(隠喩)については、以前Metaphors We Live Byという本を紹介した。
今回は、少しおさらいをしてから英語の前置詞overとunderの話をしたいと思う。

Metaphors We Live Byでは、以下のことが述べられている。
(1)メタファーの本質とは、ある事柄を別の事柄を通して理解し、経験することである
(2)人間の概念体系の中にメタファーが存在しているからこそ、言語表現としてのメタファーが可能なのである

メタファーをそのようなものとしてみると、それは単なる修辞的技巧ではなく、きわめて日常的な表現にまで浸透していることがわかる。

たとえば、英語話者の思考体系にARGUMENT IS WAR〈議論とは戦争である〉というのがあるとされている。
議論のある側面が戦争に似ているので、議論も戦争のようなものとして捉えている。
そのような概念レベルでのメタファーがあるので、(3)のような表現も可能なのである。

(3)
a. Your claims are indefensible.〈守りようがない=弁護の余地がない〉
b. He attacked every weak point in my argumentation.〈弱点を攻撃する〉
Metaphors We Live By第1章を参照)

概念レベルのメタファーには上下などの方向を用いるものもある。
その一つが、HAVING CONTROL IS UP; BEING SUBJECT TO CONTROL IS DOWNである。
これをもとにして、次のような表現ができている。

(4)
a. I have control over her.
b. He is under my control.
Metaphors We Live By第4章を参照)

さて、ここからが問題。
たしかに(4)のふたつの文はHAVING CONTROL IS UP; BEING SUBJECT TO CONTROL IS DOWNの例であるといえる。
しかし、両者には見逃せない大きなちがいがある。
(4a)は支配されるものが前置詞overの目的語になっている(支配するものが主語)。
一方、(4b)は前置詞underの目的語は支配するものではなく、(my) controlという名詞がきている(支配されるものが主語)。

普通overとunderは位置関係の対義語であると捉えられているように思うが、それだけでは上記のちがいを説明できない。
たとえば、He is controlled under me.のような文はおかしいのだろうか?

このように、ただメタファーであると言うだけでは不十分で、調べてみるとおもしろいことはまだまだいっぱいありそうだ。

後輩がゼミでoverについて発表していたので、そこでの感想を文字にしてみた。
自分一人では気づかなかったので、こういうのもゼミの醍醐味だなと思う。
posted by ダイスケ at 00:34| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

研究発表会

先週、卒論の内容を発表する研究発表会があった。

ぼくはいわゆる英文科に所属しているが、そこでは毎年卒論の発表会が行われる。
各ゼミから一人ずつ発表する。
英文科のゼミは、英文学系が3つ、米文学系が2つ、英語学・言語学系が2つある。
ぼくが所属するのは言語学のゼミで、そこの代表として発表を行ってきた。
聴衆は英文科の2〜4年生と教授の合計200人。

文学系と言語学系では、お互いにやることがかなりちがうので、文学系のゼミの人にもわかりやすいようにと工夫した。
説明の仕方、ハンドアウト、話し方の3点で次のように気をつけることに。
(最後に挙げた参考文献をもとにした)

■説明の仕方
(1)専門用語を極力使わない。使うときは例を挙げて説明する。
(2)はじめに結論を述べ、道筋をはっきりさせる。

■ハンドアウト
(3)文章にしないで箇条書きにする。
ハンドアウトだけではあえて完全にはわからないようにする。口頭ではハンドアウトを補うような発表をし、聴衆に聞く気を起こさせる。
(4)メモをするための余白を用意する。
口頭で補ったことをメモしてもらい、そのハンドアウトを見直せば内容を思い出せるようにする。
(5)パワーポイントとの役割分担をする。
スライドが切り替わるパワーポイントは要点のみ、じっくり見ることができるハンドアウトには要点以外に例文、図、表を載せる。ぼーっとしていても、パワーポイントをみれば今どこの説明をしているかわかるようにする。

■話し方
(6)疑問文を使う。
疑問文を使うと、人は顔を上げ発表者を見る。口頭発表の場を聴衆と共有する。(パワーポイントは顔を上げてもらう意味もある)
(7)「えーと」、「まあ」と言わない。
多用すると自分の自信もなくなってくる。
(8)完全原稿ではなくメモを用いる。
原稿に頼らず聴衆とアイコンタクトを取る。メモだけでスムーズに、しかも「えーと」などと言わないようにするにはとにかくリハーサルが重要。リハーサルは一人で部屋でやっていたりすると不気味だが、効果抜群だった。

こうした工夫のおかげで、だいぶわかりやすかったのではないかと思う。
そして、発表にはささやかながらギャグも入れた。
英米は文学部の中でもお堅いところなのでギャグもなかなか勇気がいるが、幸い会場の場を和ますことができた。
ギャグを言うというのは内容面をしっかりした上で、はじめて許されることだと思う。
教授陣のなかにはギャグに対して肯定的じゃない方もいるはずだが、内容面でがんばったこともあり、発表はなかなか好評だったようだ。

言語学をやっている人のための発表でなかったので、ところどころ学術的に詰めの甘い説明もあったと思うが、なんとかうまくできてよかった。
こんなに大勢の前で発表する機会はそうそう得られないし、よい経験になった。

参考文献
小林康夫・船曳健夫編. 1994. 『知の技法』 東京大学出版会.
(第III部第3節が口頭発表を扱っている)
佐藤望編. 2006. 『アカデミック・スキルズ』 慶應義塾大学出版会.
(第6章第3節がプレゼンテーションを扱っている)
ラベル:卒論 日記 英文科
posted by ダイスケ at 03:00| Comment(2) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

不思議であーる2 ― 日本語の動詞の活用

日本語で、母音の連続を避けるために子音を挟み込むときとはいつか?

それは動詞を活用するときにある。
まずは、日本語の動詞の活用について中学の国語の復習をしよう。

「書く」という動詞は、「書か(ない)」「書き(ます)」「書く」「書く(とき)」「書け(ば)」のように変化すると習う。
「起きる」は「起き(ない)」「起き(ます)」「起きる」「起きれ(ば)」と変化する。
「投げる」は「投げ(ない)」「投げ(ます)」「投げる」「投げれ(ば)」と変化する。

「-ない」をつけるとき(未然形)に、
「書か(ア)ない」のように、アの音が入っていれば、五段活用であり、
「起き(イ)ない」のように、イの音が入っていれば、上一段活用、
「投げ(エ)ない」のように、エの音が入っていれば、下一段活用である。

これを表にすると、以下のようになる。
(命令形だけ省いた)

動詞の活用

中学では上記のように習うが、ここでは子音と母音を分けてみよう。
そうすると、語幹(活用しても変化しない部分)についての認識が変わる。
「書く」でいえば、「書-か-ない」ではなく、「kak-a-nai」として記述することができる。

すると、以下の表のようになる。
母音は赤、子音は青の色をつけてみた。

動詞の活用2

ここから子音同士、母音同士の連続を避けるようになっていることがわかる。
たとえば、「書きます」であれば、「kak-i-masu」となり、語幹(kak)が子音で終わり次に子音が続くので、iという母音が挟み込まれている。
「書けば」は「kak-eba」となり、子音で終わりeという母音が続くので特になにも挿入しない。
一方、「起きます」は「oki-masu」で、語幹が母音で終わり子音が続くのでそのまま。
「起きれば」は「oki-r-eba」であり、語幹が母音で終わり次に子音が続くので、rという子音を挿入する。

まとめると、
五段活用は、語幹が子音で終わるため、子音が続く未然形でa、連用形でiが挟み込まれる。
上一段活用と下一段活用は、語幹が母音で終わるため、母音が続く終止形・連体形・仮定形でrが挟み込まれる。

というわけで、日本語で母音の連続を避けるためにrを挿入するときとは、上一段活用と下一段活用の終止形・連体形・仮定形をつくるときでした。

ドイツ語の前置詞の結合形と日本語の動詞の活用と全然関係ないようにみえるところで、ともにrというものが選ばれるのが不思議だな思った。
母音の連続というのは複合語などでも出てくると思うので、これからも注意して見ていきたい。

なお、動詞の活用については、昨年度受講した講義「日本語文法」を基礎にしています。
他に「日本語文法」での雑談を自分なりに膨らませた記事として、「This is a pen.」と「サンドイッチ構造から敬語を見る」があります。
ラベル:日本語 活用
posted by ダイスケ at 00:35| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする