【ブログ紹介】
■大学芋はなんで「大学芋」という名前?「大学」+「芋」=「大学芋」と単純にはいえない。そう考えると、ことばには不思議がいっぱい。「大学芋」をきっかけにことばについて考えるブログです!
■はじめての方はこちらへ

2019年07月05日

平沢慎也著『前置詞byの意味を知っているとは何を知っていることなのか:多義論から多使用論へ』の紹介

平沢慎也著『前置詞byの意味を知っているとは何を知っていることなのか:多義論から多使用論へ』(くろしお出版)がもうすぐ発売される。

前置詞byの意味を知っているとは何を知っていることなのか ―多義論から多使用論へ


この本のタイトルを見て最初に思うのは「前置詞byで一冊の本を書くなんて!」ということかもしれない。言語学の研究者でない人はもちろんだろうが、研究者でもそのように感じた人がいるのではないかと思う。しかし、この本がbyの本である、というのは、半分正しくて、半分間違っている。というのは、この本は紛れもなく英語「全体」についての本であるからだ。この本を一言で言うなら「byという一単語について考えるのにどれだけ英語『全体』に向き合ったか」、その実践の証だと言える。以下、この本を一足先に読んだ一人として、その魅力が伝わるよう紹介文を書いてみたい。なお、この紹介文の簡略版はTwitterで書いたので、手っ取り早く見たい方はそちらをどうぞ。

さて、いきなりだが、turn a profit(利益を得る)という表現を見ておこう。もし「turn=得る」のような覚え方をしたら、My father’s company turned more than 300,000,000 yen last year ...という表現も可能なのではないかと思うかもしれないが、実際にはこの表現は不自然である。この場合、turn単独の意味を取り出すよりも、turn a profitで「利益を得る」という単位を覚えるのが重要である。turn a profitにおけるturnのように単語単独の意味を取り出しづらいのは英語の中では例外的である、と思うかもしれないが、本当にそうだろうか。単語単体の知識について考えるよりも、それを含む言い回しの知識に目を向けることが必要なのではないか。そのような考えのもと、英語の前置詞byに向き合ったのがこの本である。

本書の目的の一つは、byを用いる自然な言い回しにどのようなものがあるのかを明らかにすることである。例えば、「〜までに」という訳語で知られるbyの時間用法の場合、[by [TIME]] のTIMEに特定の語を入れればそれでよいように思えるが、実際にはそれでは捉えきれない用法を持つものがある。by nowがその一つである。

by nowには独自の制約があり、どんな語と共に使うかにも独自性が見られる。そして、by nowの言い回しの単位はnot ... by nowやknow ... by nowのようにさらに大きなものであると考えられる(I’m sure you know by now I’m always here for you.といった例が引用されているが、これはとても英語らしい自然な表現である)。このような言い回しの実態に迫る緻密な観察に、読者はまるで推理小説で犯人が明らかになっていく時のような快感が得られると思う。

また、慣習的な言い回しを資源として創造的な表現が可能になる仕組みについて明らかにするのも目的の一つであり、事例としてstep by slow stepのように形容詞を含むN by Nの表現が扱われる(N=名詞)。この表現が創造的であると同時に英語らしく感じられる仕組みが論じられる。

上記で「言い回し」と言ったが、それはフレーズといった言葉で思い浮かべるものだけでなく、もっと大きな単位であってもいい(by nowで言えば、[推量表現+you know (that) I ... always ...]とby nowの組み合わせ、といったものが一つの単位になっていることも考えられる)。どんな構文で使いやすいか、どんな文脈で使いやすいか、どんなジャンルで使いやすいかといったことにまで範囲をどんどん広げていくと、結局は英語全体に目を向ける必要が出てくる。最初に英語「全体」という言い方をしたのには、それを反映させたかったからでもある。本書で引用される小説や映画の実例から、この一冊を書くまでに著者がどれだけ英語に触れてきたかが垣間見えるはずだ。

英語の例文(と研究書からの引用)に日本語訳が付いていることにも注目してほしい。とても自然な日本語であり、英文と日本語訳の比較を見るだけでも勉強になる。著者が日本語に対しても自然な言い回しを追求していることがわかるだろう。

この本の背後にある考え方は認知言語学という理論である。認知言語学が一定の成果を上げた代表的な分野の一つが前置詞の多義研究である。なぜある単語が雑多に思えるような複数の意味を持つのか。このような意味のつながりを探る研究は、言語の重要な一面に光を当てたと言える。一方で、前置詞を含んだ自然な言い回しをたくさん覚えている、という側面については十分に追及されてこなかった。認知言語学の成果を生かしたと述べる本の中には「前置詞の本質的意味を一つ知っておけばよくて暗記は不要」といったことを述べるものもある。しかし、それは認知言語学の目指す方向性とは異なるのではないか、と著者は言う。本書は、自然な言い回しを中心に据えた言語観(実際の言語使用に触れ、言い回しを覚えていく側面にスポットを当てた考え方で、使用基盤モデルと呼ばれるもの)がどのようなものであるかを提示し、それが認知言語学の中でどのように扱われるべきかを問う本として位置づけられるだろう。

では、各章について簡単に見ていこう。第1章は前置詞の多義研究についての批判的検討と自然な言い回しを中心に据えた言語観(使用基盤モデル)の概説であり、本書の副題「多義論から多使用論へ」という姿勢を打ち出したものとなっている。単なる枠組みの紹介にとどまらず、著者が考える認知言語学の進むべき方向性が語られており、読み応えのある章になっている。

第2章はbyの時間用法についてである。先ほど「『〜までに』という訳語で知られる」という回りくどい言い方をしたが、それはbyが「〜までに」という日本語には対応しないことが多いからだ。「by=〜までに」という説明に問題があるとしたらどのように捉えればよいよいのか。著者の説得力ある分析が提示される。後半はby nowの詳細な事例研究である。すでに述べたように、by nowにはby nowならではの独自性が見られる。これを無理にbyの時間用法の一種に還元してしまうのではなく、byの時間用法全体に当てはまる知識とby nowに特化した知識を同時に覚えている(それらが両立する)と考えられること、それが使用基盤モデルでは自然に捉えられることが示される。例の分類、集計に伴う問題も丁寧に書かれており、実例やコーパスで得たデータをどのように扱うべきかを考える意味でも得るものが多い章だと言える。

第3章はbyの空間義である。前置詞と言えば位置や経路などを表す空間義が語られることが多いが、byについては「近接性を表す」と言われるぐらいでそれ以上踏み込んだ分析がなされてこなかった。本章前半ではnearとの比較をもとに、近接性を表すbyの用法を丁寧に記述し、単に空間的近接性といった抽象的な特徴づけでは捉えられないようなbyの言い回しを明らかにしている。個人的におもしろいと思ったのは、sit by the fireのようにbyが「火や暖炉」を表す名詞と共に使いやすいという指摘で、言われて見ればたしかによく目にするもので、このようなフレーズを意識して覚えることの重要性が実感できる。次に、[動詞+by]で「過ぎ去り」(e.g. pass by)や「立ち去り」(e.g. drop by)を表す用法が扱われている。これは移動表現の研究としても貴重であると言える。移動表現と言えば、この30年でもっとも集中的に研究されてきた言語学の分野の一つであると思われる。特に移動表現の比較を通して、言語の類型について活発な議論がなされており、英語は移動の様態(どのように歩くかなど)を動詞で表現し、移動の経路は前置詞などで表現するタイプの言語だとされている。これがマクロの移動表現研究だとすると、本章後半はミクロの移動表現研究であると言える。wanderといえば蛇行や一時停止をしながら移動することを想起させる語なのに、A stray cow wanders by.のように[動詞+by]という表現でwanderが使われた場合はストレートな移動を表す、といった興味深い観察が随所に見られる。come by,stop by,drop byにそれぞれ独自の使用範囲があることを記述した箇所も必見。このようなミクロの視点を取り込むことで、英語という言語の移動表現の研究がまた一歩進むのではないかと思う。そして、空間的な「過ぎ去り」用法と時間的な「過ぎ去り」用法(e.g. as time goes by)の違いも詳細に扱われており、単に空間的用法から時間的用法に拡張した(メタファー的な拡張)と言って終わり、というわけにはいかないことが明確に書かれている。

第4章で取り上げられているのは手段を表すbyである。ここでは広い意味で「手段」という語が用いられていて、実際にはさらに下位区分できるような様々な用法を含む(grab someone by the armやcome in by the second-story windowやThe tubes are connected by rubber hose to a pipe ...など)。この種の用法で特徴的なのは、byが目的語(前置詞補部)の名詞、特にその可算性にうるさい、ということである。そのこと自体に気づいていた人は少なくないと思われるが、本書のようにそれをきちんと提示する記述は少ない。各用法間の意味のつながりを探る前に、まずこのような基礎的な記述をすることが重要だろう。そして、それらの用法の関係を言うことができたとしても、それぞれの用法で典型的な言い回しを覚えていることは依然として重要であることが述べられる。Susan pushed John by the shoulder.よりもSusan pushed John along by the shoulder.のほうが自然と感じる英語話者が多い、といった着眼点も勉強になる(alongが付くとなぜ自然に感じる人が多くなるのかなど、ぜひ実際に本書の記述を見てみてほしい)。

第5章は差分・単位用法を表すbyを扱っている。by a margin of ...やby the poundといった表現の分析もおもしろいが、個人的には、step by slow stepやbit by tiny bitのように形容詞が入るN by Nの分析に注目したい。このような表現が生まれる源泉として、著者はonce and only onceのような表現のみならず、結果構文(結果構文の中でもI cut the dress shorter.のように、形容詞(shorter)が動詞(cut)の意味を顕在化させているもの)、同族目的語構文(e.g. She lived a good life.)といった複数の構文を挙げている。これらの表現が互いに支え合うことで、step by slow stepといった表現がbyの後ろにまたstepがくるという予想を裏切った創造的な言い回しである一方で、同時に英語らしい表現として自然に感じられるような素地を整えていると考えられる。前置詞研究でネットワークと言えば、特定の前置詞を取り出し、その複数ある意味の間にどのようなつながりがあるのか論じる研究が多いが、ここで示されているように、他の表現(構文)とのつながりを考えることも重要であるはずだ。使用基盤モデルは自然な言い回しを多数覚えているという面を重視するが、step by slow stepの事例研究は、使用基盤モデルが拡張的な表現を説明するうえでも有効であることを示していると言える。

第6章は結語であるが、単なるまとめではなく、この研究の意義が3つの観点から述べられているので、ここも見逃さずに読んでもらいたい。

*****

以上、『前置詞byの意味を知っているとは何を知っていることなのか:多義論から多使用論へ』について紹介してきましたが、最後に個人的なことも。著者の平沢くんとは東大大学院(言語学研究室)の同期で、共に西村義樹先生のもとで学んだ仲間です。真摯に英語に向き合う姿勢からはいつも刺激を受けていました。今回は原稿を読んでコメントするという形で協力しましたが、原稿を見ながら彼とやりとりするのもまた楽しい時間でした。この本が多くの人に読まれることを願っています。
posted by ダイスケ at 22:58| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月06日

名詞転換動詞とbone/deboneのペアについて

英語では特定の接辞をつけずに名詞を動詞として使うことが多い。たとえば、butterを動詞で使えば「バターを塗る」という意味になる。butter the breadのように付着対象は直接目的語で表現する。grease the pan(フライパンに油をひく)やsalt fish(魚を塩漬けにする)など、動詞にした場合に付着を意味するものは少なくない。

一方、boneを動詞で使えば「骨を取り除く」という意味になる。この場合もbone a turkey(七面鳥の骨を取り除く)のように他動詞で使う。名詞由来の動詞で、boneの他に除去を表すものとしては、bark a treeやskin an appleといった「皮をはぐ」に当たるものなどがある。

名詞を動詞へと転換させたときに、付着を表すものもあれば除去を表すものもあるというのは、一見不思議なことのようにも思えるが、spread butter on the breadやremove bones from the fishのような表現がよく用いられることを踏まえれば、そういった表現をある種凝縮してできたのがbutter the breadやbone the fishだと理解することができる。

ただ、付着の動詞も除去の動詞も同じように品詞転換で作れてしまうことに対して、もしかしたら英語母語話者でもどこか引っかかるところがあるのかもしれない。そのせいか、boneやbarkが接辞なしで動詞として使用されるだけでなく、除去の接頭辞de-を付けたdebone、debarkといった語も存在する。その結果、bone/debone、bark/debarkのように、品詞転換とde-の付加で同義語のペアが生まれる。grease/degreaseやsalt/desaltは付着と除去という反義語のペアになることを考えれば、bone/deboneのような同義語のペアが存在するというのはおもしろい現象だと思う。

なお、この種の動詞にどんなものがあるか知りたい場合、Beth Levin著English Verb Classes and Alternations: A Preliminary Investigation(University of Chicago Press, 1993)が参考になる。この本はどんな種類の動詞がどの構文に現れるかをリストしたもので、同じような振る舞いをする動詞を見つけることができて重宝する。

English Verb Classes and Alternations: A Preliminary Investigation
Levin, Beth. 1993. English Verb Classes and Alternations: A Preliminary Investigation.

butterやsaltはButter Verb、boneやbarkはPit Verbs、deboneやdebarkはDebone Verbsで扱われている。Butter Verbs(p. 120-121)の項目では、Lora buttered the toast with unsalted butter.とは言えるのに、*Lora buttered unsalted butter on the toast.とは言えないことなどが書かれていて、便利である。

【おまけ1】
seedは「種をまく」という付着の他動詞、「種を取り除く」という除去の他動詞の両方が存在し、除去の意味だとseed/deseedが同義になる。ややこしい。ややこしいけどおもしろい。

【おまけ2】
除去を表す表現としてはほかにcore the apple(リンゴの芯をくりぬく)などがある。coreには(リンゴやナシの)「芯」の意味があるが、それを知らないとびっくりする表現かもしれない。次の「おまけ3」もそうだが、除去の表現は調理表現でよく見るように思う。

【おまけ3】
devein a prawnなら「エビの背わたを抜く」という意味。「背ワタを抜く」を一語の動詞で言えるというのは、なんだかすごいなと思う。deveinについては、Collins English Dictionaryの記述が参考になる。以下に引用する。
1. anatomy (generally) to remove a vein or veins from
2. (in cookery) to remove the intestinal tract, which resembles a vein, from (a shrimp or prawn)

【おまけ4】
un-を使って反義語を作る名詞転換動詞としては、button/unbutton、pin/unpinなどがあるので、このパターンも覚えておきたい。

関連記事:
調理表現をコーパスで調べる
英語の場所格交替:現象と文献の紹介
ラベル:英語 動詞と構文
posted by ダイスケ at 19:27| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

「漏れる」とleak、「流れる」とflowに見る日英語のずれ

「漏れる」という言葉を使って文を作るとしたら、どんなものが思い浮かぶだろうか。たとえば、「パイプから少し水が漏れている」「ヒーターからガスが漏れる」などの文が作ることができるだろう。ここからわかる「漏れる」の特徴は「〜が」の部分(主語)に液体や気体などが、「〜から」の部分に容器などが用いられるということだ。

英語ではどうだろう。「漏れる」を意味する英語としてleakがある。日本語の「パイプから少し水が漏れている」にあたる表現はSome water is leaking from the pipe.となり、主語に液体がきている点が日本語と同じである。実は、英語では容器を主語にしてThe pipe is leaking.と言うこともできる(この文では漏れ出る液体が何かは表現されていない)。つまり、容器も主語にすることができる。日本語では容器を主語にして「パイプが漏れている」はちょっと言いづらいのではないだろうか。

では、The roof leaked.はどんな意味になるだろうか。roof(屋根)がせき止める液体と言えば、雨水。そう、The roof leaked.は「屋根が雨漏りした」という意味だ。

このように、日本語と英語で基本的な意味が対応しているように見えることばでも、よく観察するとずれが見つかるものがある。似たようなずれがあるものが、池上嘉彦著『〈英文法〉を考える』(ちくま学芸文庫、1995年、p. 54)で紹介されている。「流れる」とflowだ。日本語の「流れる」なら「水が流れる」(主語が液体)という言い方もあり、「桃が流れる」(主語が固体)とも言える。しかし、英語のflowの場合、Water flows.のように液体は主語になるが、固体は主語にならない。

「桃が流れる」にflowが使えないと「どんぶらこ、どんぶらこと桃が流れてきました」と言えなくて困るじゃないかと思うかもしれない(英語で桃太郎を説明する機会はなかなかないかもしれないが)。そんなときは、「桃が流れる」がそもそもどんなことを表しているのか考える必要があるだろう。「桃が流れる」というのは、桃が川に浮いて移動していることだと思いつけば、「浮く」にあたる英単語はないかといったことを思い浮かぶヒントになるだろう。この場合は、「浮く」を表すfloatを使えば英語にできる。『〈英文法〉を考える』では、A peach came floating down the river.という言い方が紹介されている。

最初に見た「漏れる」とleakの場合は、日本語のほうが主語にくるものの種類が限られていたのに、「流れる」とflowだと英語のほうが主語の範囲が狭い。日英語にずれがあるといっても、ずれ方にもいろいろあっておもしろいなと思う。

こうやって日本語と英語のずれを学ぶと、ある表現がそもそもどんなことを表しているのかを考えることになり、結果的に日本語の表現自体を見直す機会にもなる。同じことでも「桃が流れてきた」「桃が浮かんできた」「川で桃を見つけた」などいろいろな表現で言える可能性があることに気づくと、日本語で文章を書く力もついていくだろう。母語について考えるきっかけになるというのも、外国語学習の重要な一面だと思う。このことを考える上で、『〈英文法〉を考える』には勉強になる点が多い。最後に『〈英文法〉を考える』から次の一節を紹介したい。

学問的な研究から考え方の枠組として提供されるものは、もちろん助けにはなるであろうし、またそうでなければならない。しかし、一番大切なことは専門的な知識を知識として身につけるということではなくて、自らの言語感覚のレベルでそれを経験的に体得するということであろう。この意味で、英語について考える場合にも、われわれが母国語として使いこなしている日本語の場合と関連づけて検討して見るという習慣がぜひ必要である。(p. 292)

「英文法」を考える―「文法」と「コミュニケーション」の間 (ちくま学芸文庫)
池上嘉彦
『〈英文法〉を考える:「文法」と「コミュニケーション」の間』
ちくま学芸文庫


【おまけ】
コウビルド英英辞典(COBUID)でleakを引くと、If a container leaks, there is a hole or crack in it which lets a substance such as liquid or gas escape.とあって、容器が主語にくるのが明確にわかっていいと思う。このように、わかったつもりの語でも英英辞典を見ると新たな発見があっておもしろい(上記の記述はlet ... escapeのような表現を覚える機会にもなっていいなと思う)。英和辞典でも主語が容器であることが書かれていたりするのだが、「漏れる」という訳語を確認したらそれ以上見ないという場合も多いと思うので、英英辞典のほうがそういったことに気づきやすいかもしれない。

関連記事:
英英辞典が効果を発揮するとき
日本語の「髪」と「髪の毛」、英語のhair
posted by ダイスケ at 08:48| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月09日

英英辞典が効果を発揮するとき

以前の記事にも書いたが、辞書は英語学習の必須道具のひとつなのに、あまり辞書の説明などを聞く機会はない。今回は英英辞典の話をしてみようと思う。英語学習が進めば、英和辞典ではなく英英辞典を使ったほうがよい、という話を聞くことがあるが、実際はそんなに単純な話ではないように思う。

英英辞典は大きく2種類に分けることができる。ひとつは英語を母語とする人の使用を想定した、〈説明が短く簡潔で、説明に使われている語彙レベルが高い〉もの。もうひとつは外国語として英語を勉強する人向けの、〈平易な単語で丁寧に説明されている〉もので、学習英英辞典などと呼ばれることもある。

英英辞典が効果を発揮する場面のひとつは、英語を話したり書いたりという発信力を高めるために使うときだろう。たとえば、polluteという語を英和辞典で引くと「汚染する」と書いてある。英英辞典ではmake air , water, or land dirty(空気、水、土壌を汚い状態にする)のような説明が載っており、中学生が習うような英語が含まれている(実際にはもう少し説明が加わっているが)。polluteのようにある程度語彙のレベルが高いものも、このように簡潔に表現できることを知れば、その語の理解が深まる。まだ慣れていない語の場合、会話中にうっかりど忘れしたら慌ててしまうが、英英辞典で自分の知っている範囲で言い換えられた表現を見ておけば、その場を乗り切ることができるだろう。また、make air cleanのように定義に出てきた表現を応用した言い方も思いつきやすくなる。辞書といえば、わからない言葉が出てきたときに引くものだと思いがちだが、英英辞典の場合は、すでにある程度知っている単語を引いてみることで得られるものが多いと言える。

一方、ある単語の意味を全く知らなければ、まずは英和辞典を引くのが近道だ。たとえば、syringeという語について、英英辞典では「針を刺して体内に液体の薬を入れたり血を少量抜き取るための道具」のような説明が英語で書いてあるが、この場合は英和辞典で「注射器」という説明を見たほうがよくわかる。

したがって、ある程度英語学習が進んだ場合でも英英辞典だけではなく、英和辞典とうまく使い分けるのがベストということになる。

学習英英辞典もたくさんの種類が出ていて、Longman Dictionary of Contemporary EnglishOxford Advanced Learner’s Dictionaryなどが、説明がわかりやすいなと思っていて、個人的にはよく使っている。最近は、ウェブ上でもそれらの辞書が使えるし、スマートフォンのアプリ版も出ているので、自分にあった辞書、アクセス方法を探してみるのも楽しいと思う。

Longman Dictionary of Contemporary English (6E) Paperback & Online (LDOCE) -
Longman Dictionary of Contemporary English

関連記事:
大学生になったら『リーダーズ英和辞典』?
posted by ダイスケ at 20:45| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

大学生になったら『リーダーズ英和辞典』?

外国語を勉強するにあたって、辞書は必須道具の1つだと言える。辞書の数が少ない、あるいは辞書がまだ作られていない言語もある一方、英語には日本で出版されているものに限ってもかなりの種類があり、英語の辞書の充実ぶりはすごいことなのに、あまり辞書の選び方や使い方などの話を聞く機会は案外ないように思う。

大学生に目を向けてみると、大学生が触れる辞書についての情報の1つが大学生協の電子辞書の案内なのではないかと思う。個人的に気になっているのは、大学生になったら「リーダーズ英和辞典」のような収録語数の多い辞書が必要だ、という宣伝を目にすることだ。たとえば、次のようなものが見つかる(年度が変わるとリンクが切れてしまいそうだが)。

電子辞書のご案内(慶應義塾入学者・受験生応援サイト)
「語数を考えればリーダーズ英和辞典や研究社の英和・和英活用大辞典、プログレッシヴ英和・和英辞典など大学生には良いと思います。」
「私は大学入学当時、電子辞書は今まで使っていたものを使えばいいと思っていました。しかし、今までの中学・高校モデルでは大学の授業に対応できず買い替えを決意しました。そこで購入したのが大学生協モデルです。生協モデルはとにかく安いです。英語重視モデルなので、大学で必要とされる、リーダーズ(英和)やロングマン(英英)が入っていることはもちろんのこと、TOEICの学習に最適なコンテンツも多数入っています。」

電子辞書のご案内(早大生のための新入生応援サイト2017)
「早大先生推奨、リーダーズやリーダーズプラスを収録」

大学生のための電子辞書(金沢大学生活協同組合)
「一方、大学生向けの電子辞書は、英和大辞典と呼ばれる更に詳細な辞書や、『リーダーズ英和辞典』に代表される収録語数の多い辞書、そして各種の英英辞典が充実しています。論文を読む、英文エッセイやレポートを書く、英語で調べ物をするといった大学生に必要とされる局面で強力な武器になります。 辞書は、あなた自身の英語学習の段階によって変わるものです。英語を「学ぶ」から「使いこなす」段階へ。電子辞書も持ち替えましょう。」


高校生の英語学習でも推奨されることがある『ジーニアス英和辞典』(このクラスの辞書は「学習英和辞典」とも呼ばれる)は約10万語規模で、『リーダーズ英和辞典』は28万語規模。大学生協の広告を見ると、『ジーニアス』のような辞書は高校までで、大学生になったら『リーダーズ』のように収録語数の多い辞書を使わなければいけないのかと思う人もいると思う。

そういう印象を与えるとしたら、上記の広告は罪作りだなと思う。実際のところ、『ジーニアス』あるいはそれと同規模の学習英和辞典があれば、TOEICや英検1級レベルの語も対応できることが多く、普段の学習にはこのクラスの辞書は十分に力を発揮する。しかも、な学習英和辞典は、語法・文法などの充実していて、日本人が間違えやすい箇所も示していてくれたりするなど、『リーダーズ』などより収録語数が少ない分、丁寧なつくりになっていることもあり、大学生や社会人も大いに活用する価値がある。もちろん、学術用語や特定分野の専門用語などは『リーダーズ』が役に立つ場面もある。そのへんは場面に応じて使い分ける必要があるだろう。

個人的には、大学で英語を勉強する際、『リーダーズ』のような大規模な辞典を使えるようにしておくのは大事なことだと思うけれども、収録語数に注意が向くことで、学習英和辞典の過少評価につながるとしたら残念だと思う。英語教育に携わる人が、バランスのとれた辞書の情報発信をしていくことが大事なのかもしれない。
posted by ダイスケ at 08:00| Comment(0) | 学習・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

2017年夏の近況

けっこう長いこと、月に1回ブログを更新するようにしていたんですが、去年の夏からはできるときにするぐらいの感じになってしまいました。のんびりやれるときにやるぐらいでもいいかなとは思っています。

最近、英語を教えたり、英語を訳したりといった仕事をしていますが、そうやって出会う英語の中には、文学だったり医学だったりと様々なテーマのものがあり、自分自身としても非常に勉強になっていますし、内容もおもしろいものがあるので、仕事としていい英文に触れることができるというのは、ありがたいことですね。年内、あるいは年始ごろには、仕事の成果を一つ出すことができると思うので、いずれこのブログにも関連する情報など書くことができれば。
ラベル:日記
posted by ダイスケ at 18:07| Comment(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

調理表現をコーパスで調べる

「玉ねぎをみじん切りにする」「芋をふかす(蒸かす)」「トマトを湯むきする」など、料理を作る際はその手順に応じて様々な表現が用いられます。それでは、調味料に関する表現はどうでしょうか。私がすぐに思い浮かんだのは「塩をふる」や「こしょうをかける」などでしたが、ほかにはどんな表現を使うでしょうか。

これを調べるためにコーパスというデータベースを使うのが便利です。コーパスとは、様々なジャンルの書籍や雑誌など(話し言葉を録音し書き起こしたものも含む)を電子化し検索できるようにしたもので、これによりたくさんの用例を収集・分析できます。

ためしに「現代日本語書き言葉均衡コーパス」というコーパスで「塩」や「こしょう」といっしょに使われる動詞を検索したところ、「ふる」や「かける」はもちろんですが、「調える(ととのえる)」も多く見つかりました。「調える」単独で見ると変な気がするかもしれませんが、「塩・こしょうで味を調える」のような表現を見ればピンとくるのではないでしょうか。そもそも「調味料」という言葉は「味を調える」と書くことを考えれば納得ですね。

このように、頭で考えてもすぐに思い浮かばない、でも実際にはよく使われているという表現を見つけることができるのがコーパスの利点ですね。ほかにどんな表現が使われているか、今度レシピを見たり料理番組を見たりするときに気にしてみてください。

追記
上記の内容で論文を書きました。こちらからダウンロードできます。
野中大輔. 2017. 調味料をかけることを表す日本語の動詞と場所格交替: 現代日本語書き言葉均衡コーパスを用いて. 『東京大学言語学論集』38, 177-195.
posted by ダイスケ at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

複合動詞と「照る」

「光る」と「輝く」を組み合わせると「光り輝く」という表現ができる。このような「動詞+動詞」の表現は、言語学では複合動詞と呼ばれている。「投げ入れる、飛び越える」など、日本語では複合動詞を使う機会が多い。

ここで、「照り〜」という複合動詞について考えてみよう。「照りつける」「照り返す」「照り注ぐ」などの表現がある。「照り〜」という表現は問題なく見つかる一方、「照る」を単独の動詞として使う機会はあまりない。「太陽が照りつける」とは言っても、「太陽が照る」などとは普通言わない。どうやら「照る」の使用範囲はほとんど複合動詞に限られているようだ。以前「変哲」が「何の変哲もない」というフレーズでしか使わず、「変哲」単独の意味も説明しづらいという話をしたことがあるが、「照る」自体の意味はわかるのに、「照り〜」の形でなければ使われることが実質的にないとすると、言葉の組み合わせは意外と不自由で、おもしろいなと思う。

ちなみに、「照り〜」の表現のうち、一番使われているのは「照り焼き」かもしれない。「照り焼く」とは言わないので、先に挙げた複合動詞の一種とは分類されないだろうが、「照り焼き」という形で定着しているということ自体もおもしろいなと思う。最近は海外でも「照り焼き味」は人気のようで、“teriyaki recipe”などと検索すればたくさんのウェブサイトがヒットする。もともとは食材の表面にツヤ、つまり「照り」ができるような焼き方という意味で、そのこと自体は日本人ですら普段は意識しないが、海外ではなおさらだろう。日本に入ってきた外国の調理法もその名前を知って驚くというのがきっとあるんだろうなと思った。

関連記事
「何の変哲もない」の「変哲」って?
ラベル:日本語
posted by ダイスケ at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

文法・語法の小窓1:cutの使い方

以下の二つの英文を日本語に直すと、どうなるでしょうか。

(1) I cut my finger on the broken glass.

(2) The cut on his hand goes very deep.


*****


cutは日本語でいうと「切る」という意味ですが、「(意図的に)切る」場合だけでなく、「(うっかり)切り傷をつくる」という場合にも用います。(1) は後者の意味で用いられると考えるのがいいでしょう。日本語でも「昨日夕飯を作っているときに指を切ってしまった」と言えば、「切る」が「切り傷をつくる」という意味で使われていることからわかるように、その二つの用法がありますね。そのため、(1) を訳す場合にはあまり気にしなくてもいいかもしれません。ただ、実際に英語を使う際にパッと口から出てくるようにするためにも、cutに「切り傷をつくる」という意味があること自体を覚えておくのは大事なことだと思います。

なお、I cut myselfやI cut my fingerのcutを「意図的に切る」という意味で取ることも可能ではあります(実際には迷うような文脈はあまりないかもしれませんが)。ただし、目的語が再帰代名詞か身体部位名詞の場合は「切り傷をつくる」という意味で用いられていることが多いと言ってよいでしょう。ただし、次の例のように意図的に切るのが自然な解釈の場合もあります。

(3) John cut his nails with nail-clippers.

次に、(2) を見てみましょう。このcutは動詞ではなく名詞です。この場合は「切り傷」という意味で用いられています。つまり、cutは「切る傷をつくる」という動詞として用いる場合 (1) と、結果としてできる傷という名詞を表す場合 (2) があるのです。

このような二つの用法をもつ動詞として、ほかにbruise(打撲傷をつける/打撲)、scratch(ひっかき傷をつくる/ひっかき傷)、sprain(捻挫する/捻挫)などがあります。

というわけで、(1) と (2) は以下のような日本語に直すことができます。

(1) ガラスの破片で指を切った
(2) 彼の手の切り傷はとても深い。

なお、(1) は『ウィズダム和英辞典』から、(2) は『ウィズダム英和辞典』から取っています。(3) は小西友七編『英語基本動詞辞典』から。『英語基本動詞辞典』は英語の動詞を研究する際には重宝します。

英語基本動詞辞典 (1980年) -
小西友七編『英語基本動詞辞典』(研究社)
ラベル:英語 語学
posted by ダイスケ at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月31日

夏期講座参加

今月は、日本言語学会の夏期講座に参加してきました。日本言語学会は年2回全国大会を行うだけでなく、2年に1回夏期講座というのもやっています。一種の集中講義のようなものですね。最大で4種類の講義を受けることができ、自分が所属する大学では受けることができないような講義に出たり、自分が普段から勉強している分野の理解をさらに深めたりすることができます。秋の学期が始まるのがすぐだったこともあり少し忙しかったので今回は3種類の講義に出たのですが、どれも興味深く、よい刺激になりました。

そして、日本全国から受講生が来ているので、いろいろな出会いがあることも魅力です。自分の場合、4年前に行われた夏期講座にも出ているのですが、そのときに知り合った人とその後いっしょに勉強会をするようになったりしているので、こういう出会いって大事ですね。今回も今後につながる交流のきっかけができてよかったなと思っています。

夏期講座はまた2年後に行われるとのことですが、そのときもまた参加できるといいなと思います。
ラベル:日記
posted by ダイスケ at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする